フランスの学校教育とexplication de texte
——バカロレア合格への第一歩

寺田 寅彦
(東京大学大学院・教授:比較文学比較文化、フランス文学)

 「エクスプリカシオン・ド・テクスト(explication de texte)」の項目に説明があるように、explication de texteとはフランスの中等教育で教授される文学の理解を深め、その理解を表現する手法である。ただ中等教育だけで終わるものではなく、大学教育でも文学部における学びの基礎となるものであり、あるいはフランスの1級教員資格であるアグレガシオン(agrégation)の資格取得試験でもexplication de texteができずに合格することはあり得ない。フランスにおける文学教育の根幹をなすことは無論のこと、人文科学分野においてこの知識なしに学問を深めることは考えられない。
 本項ではまず学校教育の現場を離れた古代の聖典・文学解釈における古い意味でのexplication de texteに触れたあと、現在のexplication de texteがcommentaireというバカロレアの試験形式として中等教育でどのように教授されるにいたったかを俯瞰する。また、大学という「学校の」の文学部における比較文学が、現在は「一般ならびに比較文学」部という名称を取ることを鑑み、大学教育における比較文学でcommentaireがどのような特色を持つかを概観する。
 explication de texte自体は古代ギリシャにまで遡るもので、修辞や文法を学ぶにあたり、ホメロスのような巨匠の文章を説明するためのものだった。いわば注解であり、言語や文体そのものにかかわるものもあれば、文章の意味に踏み込むものもあった。あるいは聖典、たとえばユダヤ経典への注釈や説明もexplication de texteである。人智を超える神の言葉を人が理解する手立てだったのである。いずれも説明の対象であるテキストが権威を持っていることに注意すべきだろう。たとえば古典文学ならば、それはまねるべきモデルとして存在していて、テキストそのものが至高の存在である。あるいは聖典は畏れ、敬うべきものであり、テキストを扱うことの目的は批評・批判することにはない。
 このことを踏まえると、19世紀末にフランスでジュール・フェリーにより教育改革が行われて、それまで圧倒的ともいえる覇権を握っていたラテン語教育から国の文学としてのフランス文学を重視する教育に舵を切ったことがいかに重要であったかが理解される。1880年8月2日の命令(アレテ)で、中学校では週に3時間の、高校では4~5時間のフランス語の教育がなされるようになる。ただしこのときラテン語はまだ中学校では週に6~10時間、高校では4時間教えられていた。1880年代には、バカロレアに国語としてのフランス語試験が導入されることで、フランス文学作品のexplication de texteは教育制度の中に深く根を下ろすことになった。いわゆる中学3年生にあたるサンキエムの学年(classe de 5e)から文学テキストの深い解釈を目指すこととなり、1890年の指導要領ではテキストの読解と解釈が中等教育の根幹だとされるにいたる。ただかつてのexplication de texteが古典教育や訓詁学のような聖典注釈を背景に持っていたことから、この時代でも書誌的な知識習得に重きを置く古典的な教育が続いていた。選ばれるテキストも道徳心を高めるものが選ばれるのであって、権威を持つテキストがexplication de texteの対象だった。この状況に変化が起こるのが1960年代で、一般大衆の社会的要請を積極的に意識した教育方針が重視される国民教育省のプログラムが出されて、古典的な知識偏重からさまざまな手法で分析を行うことへと教育の重点が移っていった。
 現在は試験の科目としては筆記試験ではexplication de texteとは言わず、「文学(テキスト)解釈」(commentaire littéraire)」と呼ばれる。フランスのバカロレアでは国語としてのフランス語の試験は最終学年度(classe de Terminale)である高校3年生でではなく、いわゆる高校2年生の学年(classe de 1re)で他の科目に先行して実施されるが、小論文(dissertation)などと一緒に出題され、受験者が選択することができるようになっている。名称は、commentaire de texte、commentaire composé、commentaire littéraireと、時代やプログラムによって違いがあるが概要は同じである。
 ここでは少し古いものの1994年7月28日付の国民教育省官報に掲載されているcommentaire littéraireの説明をもとに、その内容を見る。バカロレアには一般と技術系があるが、ここでは一般バカロレアにのみ注目する。試験は文学のさまざまなジャンル(詩、戯曲、物語、思想的文学、等々)のテキストで行われる。テキストの長さは20行程度である。テキストが途中で省略されることはない。テキストには必要なレフェランスや指示(作品名、出版年、場合によっては注記がつき、必要であれば明確な背景の指示がある)がつけられることもある。試験は2題あり、第1題目は4点、第2題目は16点である。なお、フランスの試験の多くは20点満点である。
 第1題目はテキストをじっくりと検討するために出題される2つ、ないし3つの質問からなる。これらの質問は、テキストがどういうものかを把握し、体系的に検討する手がかりとなるものである。テキストを検討するガイドのような目的であり、テキストの働きと解釈の見通しが開かれて、第2題目を解く際に役立つようになっている。この解答は箇条書きのようなものではなく、文章にして書かれなくてはならない。
 第2題目は出題されたテキストの解釈の作文(un commentaire composé du texte)である。特異な論を立てる必要はなく、練習の大原則に従って個別の判断・評価をくだし、それがなぜかを説明し、順番に秩序立てて読解の成果を述べる。回答の方法はテキストによってさまざまで、検討のうえ解釈を示すものや、段階を経た読解で最終的に分かったことを示すものもある。ただ、作品の内容と形式とを恣意的に切り離すことや、説明が有機的に関連付けられることなくテキストを少し言い換えて場当たり的に指摘を述べるようなことは厳に避けなくてはならない。一般的に羅列にすぎない解答は評価が低く、知識を披露するだけではいけない。
 官報に掲載されている説明だけでは具体性を欠くため、参考文献に挙げたものなどで具体例を見ることが望ましい。過去の出題や練習問題が掲載されている出版物、あるいはインターネットのサイトは数多く、参考になる。
 解答の形式も重視される。序文では導入の短い文に続いて、問題提起、引用、説明の順番にそった概要を書くことが必須で、本論では2つか3つの部分で論を展開し、最後に本論で述べたことのまとめと今後の展望を結論部で書くという定型的な形式を踏まずして高得点は狙えない。なお、2022年度実施分からバカロレア全体の制度が大きく変わったため、フランス語の試験で何を受験するかは1994年の官報の内容とは異なるが、commentaire littéraireの指導方針についてはほぼ変化はない。
 バカロレアはいわゆる中等教育の締めくくりにある試験だが、上述のようにexplication de texte、ひいてはcommentaireは高度なレベルの試験でも問われる。ここでは最後にイヴ・シュヴレルとダニエル・ショヴァンが1996年に出したガイドブックを参考に、大学で学ぶ比較文学のcommentaireの特色を概観する[Chauvin & Chevrel、1996]。当時は大学一般教育免状(DEUG=Diplôme d’études universitaires générales)があったが、このDEUGのレベル、学士レベル、アグレガシオンのレベルのそれぞれで、現代文学コースにおいて比較文学が必修であった。また、外国語文学コースなどではオプションとして提供されていた。これらの比較文学プログラムでは、以下のような特徴があるとされた。①「20世紀の都市文学」や「亡命と詩」のようにタイトルがつくこと。このタイトルがプログラムに挙げられる作品の選抜理由を示すことになる。②作品数が必ず複数になること。この複数性も、なぜそれらの作品が選ばれているかを問うことになる。③外国文学作品が入ること。DEUGレベルならばすべてフランス語で、学士レベルであれば原語テキストも入る。ただしアグレガシオンは異なる言語背景の受験生への配慮からすべてフランス語になる。アグレガシオンに比較文学のプログラムが入ったのは1960年からだが、外国作品と外国文化の知識は比較文学を学ぶことの特徴である。以上をふまえて、比較文学のプログラムは多様なものとなっている。
 大学教育におけるcommentaire composéはDEUGとアグレガシオンで試験に用いられ、バカロレアとは以下の点が異なる。①解釈をする対象のテキストがきわめて長くなること(ポケット版ならば2~5頁ほど)。②テキストが翻訳されている場合があること。③受験者の思考を導く指針は通常は与えられないこと。④その年度、あるいはセメスターのプログラムで学習されたテキストが試験に出ること。つまり、バカロレアと異なり、ある長いテキストについて、既習の深い知識を受験者がもっていることが想定されている。解答の仕方についてはバカロレアと同じである。
 フランスの学校教育にexplication de texteがいかに深く根を下ろしているかを概観したが、忘れてはならないことは教育とは教える・教えられることだけではなく、試験があり、採点されるまでのサイクルであって、explication de texteとしてのcommentaire littéraireは、受験者が文学テキストをどのように理解したかを採点官に伝え、そして評価を受けるという流れのすべてだということだ。独自の研究ではなく、官報で規定されているプログラムの意図を理解し、何を学んだかを説明する手法なのである。

出典および関連文献:フランスの学校教育とexplication de texte

  • Daniel BERGEZ, L’Explication de texte littéraire, 3e édition, Paris: Armand Colin, 2010.
  • Marcelle BILON, Henri MARGULIEW, Commentaire littéraire ou étude littéraire, Paris: Ellipses, 1996.
  • Pierre BRUNEL, Jean-Marc MOURA, Le Commentaire et la dissertation en littérature comparée, Paris: Armand Colin, 2014.
  • Daniel CHAUVIN, Yves CHEVREL, Introduction à la littérature comparée : du commentaire à la dissertation, Paris: Dunod, 1996.
  • Laurent FOURCAUT, Le commentaire composé, 3e édition, Paris: Armand Colin, 2013.

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