顕 彰

東大比較文学会では、『朝鮮詩集』『朝鮮童謡選』など韓国近現代詩、民謡、童謡の秀麗な日本語訳で知られる韓国の詩人・随筆家金素雲(1908年―1981年)と、東京大学大学院比較文学比較文化専門課程の初代主任、本学会初代会長であり、『ロシヤにおける広瀬武夫』『日本における外国文学』など多くの著作をのこした比較文学者島田謹二(1901年―1993年)、この2 人の文学者にちなんだ学藝賞「金素雲賞」「島田謹二記念学藝賞」を本学会の事業として設け、優れた比較文学比較文化研究の顕彰を行ってきました。

金素雲賞

本賞は、金素雲氏が晩年、本学会に寄せられたご厚意に応え、日本と韓国との間の文化交流と相互理解に生涯を捧げた氏の志を継承すべく、昭和57 年(1982年)に設けられました。
東大大学院の比較文学比較文化在籍者及び出身者を対象に、日本と韓国、または東アジア一般にかかわる比較文学比較文化研究の上での顕著な業績をあげた者に与えられます。
その経緯や規約の詳細は、次に掲げる「金素雲賞について」をご覧ください(『比較文学研究』第41号掲載、第46号再録)。

金素雲賞について

韓國の詩人・随筆家にして、特に韓國近・現代詩、民謡、童謡の秀麗な日本語譯を以て名高い金素雲氏は一九八一年十一月二日肝臓癌のため逝去された。氏はその晩年東大比較文學會の學風と事業に殊の外關心と親愛の情とを寄せられ、下記の規約本文に記した如き経緯により、本學會の事業に對する財政的援助の意向を表明された。本學會はこのお申し出を有難くお受けすることとし、金氏の遺志を出來る限り有効に生かすべき方途として、「金素雲賞」なる學藝研究奨勵賞を設立することとした。以下にその暫定的規約を御披露し、大方の御理解と御賛同を仰ぐ次第である。

東大比較文學會 金素雲賞規約

  • 一、本賞は日本と韓國との間の文化交流と相互理解に生涯を捧げてきた韓國詩人金素雲氏の厚意に應へて、同氏の志を繼承すべく設けられたものである。
  • 一、本賞は、金素雲氏から東大比較文學會に寄せられた金額と、同氏の日本における著作權を東大比較文學會に委譲されたことによる収益、および東大比較文學會から寄託された若干額との合計を基金とし、その年間利子によつて運營される。
  • 一、本賞の授賞對象は、東京大學大學院人文科學研究科比較文學比較文化課程に在籍中の、または在籍したことのある内外國人の學生(正規學生または研究生、國籍は問はない)のうち、日本と韓國、または東アジア一般にかかはる比較文學比較文化研究の上で顯著な業績をあげた者、毎學年度一名とする。
  • 一、本賞受賞者の銓衡は、東大比較文學會會長(研究室主任教授)を中心として、同會長委任による「金素雲記念基金運營委員會」の委員若干名(四、五名)を以てこれに當たる。その際、本學會員、またはこれに準ずる者から候補者の推擧を受けることができる。
  • 一、本賞受賞に値する者がないと判断された年度には、該當額を東京大學教養學部附囑圖書館における日韓比較文學比較文化關係の圖書・資料の購入、または本賞基金への繰入れに當てることができる。
  • 一、本賞受賞者は、この授與の名譽を心に刻み、日韓兩國間および東アジアにおける文化交流と相互理解の促進に努力を重ねてゆくべきものとする。
  • 各年度末に銓衡委員會を開き、決定の上、三月下旬、恒例の八王子セミナーハウス研究合宿の際に結果を發表、授賞式と披露會を催す。
  • 受賞論文は原則として本誌『比較文學研究』に印刷公表される。

規約の一部には、現在の東大比較文学会の実態にそぐわない部分もありますが、本賞は第1回以来、現在にいたるまで歴史を刻んできており、令和6年現在で34回を数えます。銓衡委員は以下の通りです。

  • 平成18年時点 竹内信夫、神野志隆光、井上健、菅原克也、今橋映子
  • 令和6年時点 菅原克也、井上健、今橋映子、徳盛誠、佐藤光

また、これまでの受賞者と受賞対象業績は以下の通りです。受賞者の肩書きは受賞時のものです。

第34回金素雲賞 モハッラミプール・ザヘラ

令和5年度提出の博士学位論文「20世紀初頭の日本における「東洋」概念の拡張―伊東忠太とその周辺の建築家・美術史家・歴史学者たちのペルシャ観を中心に」に対しての授賞。
令和5年12月15日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第33回金素雲賞 李澤珍

令和4年度提出の博士学位論文「日本におけるイソップ寓話受容史の研究―『伊曽保物語』を基軸として」に対しての授賞。
令和4年12月16日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第32回金素雲賞 申 旼正

令和3年度提出の博士学位論文「越境者のまなざし:芸術家の移動にみる韓国近代美術の形成」に対しての授賞。
令和3年12月17日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第31回金素雲賞 厳教欽

令和2年提出の博士学位論文「能因法師の歌風の研究」に対しての授賞。
令和2年12月18日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第30回金素雲賞 権保慶

平成31年度提出の博士学位論文「抒情のアイデンティティー金素雲『朝鮮詩集』と金時鐘『再訳朝鮮詩集』」に対しての授賞。
令和元年12月20日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第29回金素雲賞 趙怡

平成30年度に学位授与された博士論文「金子光晴・森三千代の海外体験と異郷文学」に対しての授賞。
平成30年12月21日開催の東大比較文学會総会にて承認。
趙怡氏は現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院で研究員を務める。

第28回金素雲賞 裵寛紋

著書『宣長はどのような日本を想像したか-『古事記伝』の「皇国」』(笠間書院、平成29年)に対しての受賞。
平成29年12月22日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第27回金素雲賞 金志映、柳忠熙(同時受賞)

金志映氏...

平成27年度提出の博士論文「戦後日本の文学空間における「アメリカ」-占領から文化冷戦の時代へ」に対しての受賞。

柳忠熙氏...

平成28年度提出の博士論文「尹致昊と朝鮮の近代-東アジアにおける知識人エトスの変容と啓蒙のエクリチュール」に対しての受賞。

平成28年12月16日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第26回金素雲賞 李賢晙、韓正美(同時受賞)

李賢晙氏...

平成27年度提出の博士論文「描かれる舞姫、描かせる舞姫-崔承喜(1911-1969)における朝鮮文化の表象」に対しての受賞。

韓正美氏...

著書『源氏物語における神祇信仰』(武蔵野書院、2015年)に対しての受賞。

平成27年12月18日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第25回金素雲賞 任ダハム

平成26年度提出の博士論文「韓国映画史における映画都市〈京城〉の意味-1910~30年代の在朝鮮日本人と朝鮮人映画人の活動を中心に」に対しての授賞。
平成26年12月19日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第24回金素雲賞 金成恩

著書『宣教と翻訳-漢字圏・キリスト教・日韓の近代』(東京大学出版会、2013年)に対しての授賞。
平成25年12月20日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第23回金素雲賞 金暁美

平成22年度提出の博士論文「教科書がつくる対外認識と国民意識-「併合」期から戦後にいたる韓日の「国語」教育」に対しての授賞。
平成24年12月21日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第22回金素雲賞 南相旭

平成21年度提出の博士論文「三島由紀夫における「アメリカ」」に対しての授賞。
平成23年10月1日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第21回金素雲賞 韓程善

平成22年度提出の博士論文「江戸川乱歩と映画-1920年代日本文学における映画受容の文脈から」に対しての授賞。
平成22年10月10日開催の東大比較文学會総会にて承認。

過去記事一覧

第20回金素雲賞 李京僖

平成20年度提出の博士論文「日本浪漫派と「方法」としての岡倉天心 ― 保田與重郎、亀井勝一郎、浅野晃を中心に」に対しての授賞。
平成21年10月10日開催の東大比較文学會総会にて承認。

第19回金素雲賞 李建志(県立広島大学准教授)

『朝鮮近代文学とナショナリズム』(作品社、2007年)と『日韓ナショナリズムの解体』(筑摩書房、2008年)に対しての授賞。
平成20年10月4日開催の東大比較文學會総会にて承認。

第18回金素雲賞 権丁煕

「〈不如帰〉の変容―日本と韓国におけるテクストの〈翻訳〉」(2006年度提出の博士論文)

第17回金素雲賞 金ジョン薫(仁荷大学校専任研究員)

「横光文学における「嘘」のエクリチュール」(2004年度提出の博士論文)

第16回金素雲賞 安英姫(博士課程在学)

「日韓近代小説における小説言語と描写理論―田山花袋、岩野泡鳴、金東仁」(2003年度提出の博士論文)

第15回金素雲賞 張偉雄(札幌大学教授)

『文人外交官の明治日本―中国駐日公使団の異文化体験』(柏書房、1999年)

第14回金素雲賞 鄭百秀(博士課程在学)

「李光洙、金史良の日本語・朝鮮語小説―植民地期朝鮮人作家の二言語文学の在り方」(1998年度提出の博士論文)

第13回金素雲賞 西槇偉(愛知県立大学講師)

「中国民国期の西洋美術受容―李叔同と豊子ガイをめぐって」(1997年度提出の博士論文)

第12回金素雲賞 梁東國(祥明大学校助教授)

「朱耀翰と日本近代詩」(1996年度提出の博士論文)

第11回金素雲賞 朴一昊(誠信女子大学校講師)

「大伴家持研究―反歌を中心に」(1995年度提出の博士論文)

第10回金素雲賞 崔官(中央大学校助教授)

『文禄・慶長の役―文学に刻まれた戦争』(講談社、1994年)
「壬辰倭乱と日本の近世文学」(1994年度提出の博士論文)

第9回金素雲賞 金光林(博士課程在学)

「高麗神社からみた朝鮮渡来文化」(『比較文学研究』第64号所載)[1992年度提出の修士論文]

第8回金素雲賞 劉岸偉(札幌大学助教授)

『東洋人の悲哀―周作人と日本』(河出書房新社、1991年)[1989年度提出の博士論文]

第7回金素雲賞 尹相仁(ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院研究員)

「明治末日本文学における「世紀末」美学の比較研究―漱石とその時代」(1990年度提出の博士論文)

第6回金素雲賞 劉香織(博士課程在学)

『断髪―近代東アジアの文化衝突』(朝日出版社、1990年)

第5回金素雲賞 金泰俊(東國大学校教授)

『虚学から実学へ―十八世紀朝鮮知識人洪大容の北京旅行』(東京大学出版会、1988年)

第4回金素雲賞 厳安生(北京外国語学院助教授

「日本留学と中体西用(正・続)」(『比較文学研究』第48号・第51号所載)

第3回金素雲賞 林容澤(博士課程在学)

「日韓近代詩の比較文学的考察―金素雲『朝鮮詩集』における恋愛と望郷」(1986年度提出の修士論文)

第2回金素雲賞 崔博光(成均館大学校教授)

「金素雲先生・その生涯の素描」(『比較文学研究』第41号所載)
「韓日の軋轢を生きて」[佐伯彰一編『自伝文学の世界』(朝日出版社、1983年)所収]
金素雲『天の涯に生くるとも』(新潮社、1983年)の翻訳

第1回金素雲賞 上垣外憲一(東洋大学助教授)

『日本留学と革命運動』(東京大学出版会、1982年)

島田謹二記念学藝賞

本賞は、島田謹二氏の御長女、齊藤信子さんの篤志により、氏の生誕百周年の年平成13年(2001年)に創設されました。島田氏の学問上の功績を記念し、中堅・若手研究者による、比較文学比較文化分野における堅実な業績に対し、奨励の意味をこめて贈られる賞です。平成14年(2002年)4月の「島田先生を偲ぶ会」の席上で第1回の受賞者が披露されました。次に掲げるのは『比較文學研究』第80号に掲載された「島田謹二記念学藝賞設立趣意書」です。

島田謹二記念学藝賞設立趣意書

平成十三年(二〇〇一年)四月一日の「島田謹二先生を偲ぶ会」の席上で、本年は明治三十四年(一九〇一年)三月二十日にお生れになった先生の生誕百周年に当る年だ、との記憶が一同の胸裏に蘇りました。そして、それならばこの機会に例年の「先生を偲ぶ会」の催しを更に一層意義あらしめる様な記念行事の類が企画されてもよいのではないか、といった着想も一部の参加者の口に上ったことでした。実はそのことは御息女齊藤信子夫人の胸に以前から暖められていた案であります。この発案はその日の夜の所謂二次会の席上でにわかに具体化し、そして、記念行事として最もふさわしい形は先生のお名前を冠した学藝賞の設立である、という結論が形をとる迄にその後幾何の時間をも要さなかったのであります。

それから約一年間、齊藤夫人の御委嘱を受けた下名四人は折にふれて会合を開き、この企画について検討を重ねて参りましたが、このほど以下に記します様な一応の結論に到達いたしました。

  • 一、賞の名称。「島田謹二記念学藝賞」とする。
  • 二、受賞対象。故島田謹二教授の学問上の功績を記念する、との趣旨を踏まえ、「比較文学比較文化」の呼名に適合する分野での、且つ原則として五十歳までの所謂中堅・若手研究者の手になる、堅実な学問的業績に対し、奨励の意味を籠めて贈呈する。
  • 三、銓衡の方法。下記四名の銓衡委員が各自の視野に入ったその年度、もしくはそれに近い過去に発表された斯学の学問的業績の中から複数の候補作を選び、四名の合議によって最終の受賞作を決定する。但し、東大比較文学会の会員及びその周辺の者が、上記の銓衡委員に対し、自薦他 薦を問わず、候補作を紹介し、乃至情報を提供することを妨げない。
  • 四、賞の構成。正賞(記念品)副賞(金二十万円)の他、受賞に至った理由をその業績の紹介と批評の形を以て、東大比較文学会の機関誌『比較文學研究』に発表する。
  • 五、賞設定の期間。島田謹二教授生誕百周年である平成十三年度を第一回(発表・受賞は平成十四年四月)とし、取り敢えず向こう五年間とする。実績を勘案して延長・継続も有り得る。
  • 六、銓衡結果の発表と授賞式、例年四月初旬の開催が慣行となっている「島田謹二教授を偲ぶ会」の席上で行う。
  • 七、事務局。当分の間東京大学教養学部「比較文学比較文化研究室」に置く。

以上

島田謹二記念学藝賞銓衡委員一同

  • 芳賀徹
  • 亀井俊介
  • 小堀桂一郎
  • 川本皓嗣
  • (事務局菅原克也)

平成十四年二月吉日

趣意書にあるように、本賞は平成13年度を第1回として5年間の予定で始まり、その後延長され、平成27年度第15回をもって終了しました。各回の受賞業績の紹介と批評はその都度『比較文学研究』に掲載されてきました。『比較文学研究』第104号には、最終第15回受賞作の批評、さらに本賞全体をふりかえる芳賀徹、川本皓嗣、菅原克也三氏による座談会が掲載されています。本賞の受賞者と受賞対象業績は以下の通りです。受賞者の肩書きは受賞当時のものです。

第15回 平成27年度(平成28年4月授与)

  • 佐藤光『柳宗悦とウィリアム・ブレイク――環流する「肯定の思想」』(東京大学出版会、2015年)
  • 大東和重『台南文学――日本統治期台湾・台南の日本人作家群像』(関西学院大学出版会、2015年)

第14回 平成26年度(平成27年4月授与)

  • 千葉一幹『宮澤賢治 すべてのさいはひをかけてねがふ』(ミネルヴァ書房、2014年)

第13回 平成25年度(平成26年4月授与)

  • 加藤百合『明治期露西亜文学翻訳論攷』(東洋書店、2012年)

第12回 平成24年度(平成25年4月授与)

  • 平石典子『煩悶青年と女学生の文学誌――「西洋」を読み替えて』(新曜社、2012年)

第11回 平成22年度(平成24年4月授与)

  • 牧野陽子『〈時〉をつなぐ言葉――ラフカディオ・ハーンの再話文学』(新曜社、2011年)

第10回 平成22年度(平成23年4月授与)

  • 金沢百枝『ロマネスクの宇宙――ジローナの《天地創造の刺繍布》を読む』(東大出版会、2008年)

第9回 平成21年度(平成22年4月授与)

  • 山中由里子『アレクサンドロス変相―古代から中世イスラームへ』(名古屋大学出版会、2009年)

第8回 平成20年度(平成21年4月授与)

  • 大久保美春『フランク・ロイド・ライト―建築は自然への捧げ物』(ミネルヴァ書房、2008年)

第7回 平成19年度(平成20年4月)

  • 該当作なし

第6回 平成18年度(平成19年4月授与)

  • 榎本泰子『上海オーケストラ物語―西洋人音楽家たちの夢』(春秋社、2006年)

第5回 平成17年度(平成18年4月授与)

  • 藤田みどり『アフリカ「発見」―日本におけるアフリカ像の変遷』(岩波書店、2005年)

第4回 平成16年度(平成17年4月授与)

  • 劉岸偉『小泉八雲と近代中国』(岩波書店、2004年)

第3回 平成15年度(平成16年4月授与)

  • [第3回島田謹二記念学藝賞]
    今橋映子『〈パリ写真〉の世紀』(白水社、2003年)
  • [島田謹二記念学藝賞奨励賞]
    西原大輔『谷崎潤一郎とオリエンタリズム―大正日本の中国幻想』(中央公論社、2003年)

第2回 平成14年度(平成15年4月授与)

  • 杉田英明『葡萄樹の見える回廊―中東・地中海文化と東西交渉』(岩波書店、2002年)

第1回 平成13年度(平成14年4月授与)

  • [島田謹二記念学藝賞特別賞]
    岡本さえ『近世中国の比較思想―異文化との邂逅』(東京大学出版会、2001年)
  • [第1回島田謹二記念学藝賞]
    古田島洋介『鴎外歴史文学集』第十二巻「漢詩(上)」・第十三巻「漢詩(下)」(岩波書店、2000―2001年)