展覧会&カタログ評院生委員会

[寸評]坂口恭平 新政府展

・会期:2012年11月17日〜2013年2月3日
・会場:ワタリウム美術館
・評者:古舘 遼

2011年、「新政府」を設立し、自ら初代内閣総理大臣に就任した坂口恭平。その活動の、過去と未来をたどる、二部構成の展覧会です。

受付で「新政府入国パスポート」(何度でも再入国できる)の発行を受け、会場に入ると、まず目にとまるのは子どもの勉強机。椅子を手前に引き出して、椅子の背と机との間に画板を渡し、上から毛布を掛けることで、秘密基地ともシェルターとも言いうる、子どもの占有空間が生まれます。この、子ども時代のありふれた体験が、坂口の活動にとって一つの原点になっていることに、展示を見ていくことで気付かされていきます。

坂口は、「建てない建築家」と言われます。こぢんまりとした館内には、キャスターの付いた小屋「モバイルハウス」は展示されているものの(これも不動産としての建築ではない)、それ以外に、建築の図面や写真などは、ほとんど見られません。その代わりにあるのは、路上生活者や、自給自足で生活する人に取材した記録と、それにまつわるドローイングです。お金をかけず、莫大な電力も消費しない、それでいて貧しい印象を与えない生活。坂口はそこに、生活の理想型を見出し、自身も一時期、実際に路上生活をしたといいます。また、そこから得た「不動産はいらない」という想が、「モバイルハウス」などに結実しているのです。

美術館の展覧会でありながら、美術展でも建築展でも、まして写真展でもありません。近年増えつつある、いわばプロジェクト型の展覧会なのです。その意味で、挑戦的な試みであると同時に、本展は(表題には明示されないものの)3.11への一つの応答といえます。「新政府」を立ち上げる契機となったのは、3.11と、それをめぐる現政府の対応への失望であったからです。とはいえ、12月7日まで公開されている「過去編」の展示からは、怒りや嘆きといった強い感情の発露は見られず、代わりに、現代社会への冷静な(しかし力強い)問題提起と、それに対する解決案が提示されます。最後の展示室では、坂口自身が新政府総理としてテレビの中で会見を行い、周囲の壁面を、新政府の構想をめぐらしたチャートで埋めつくしています。その強い意欲とエネルギーには、目を見張るほかありません。

「過去編」で投げかけられたメッセージが、会期後半の「未来編」(12月8日〜)にどのように引き継がれるのか、その答えが待たれますが、まずは「過去編」をご覧になることをお勧めします。「新政府」にとどまらず、被災者の避難所や「いのちの電話」を設けるなど、派遣村にも通じる活動を次々と展開する坂口の頭の中をのぞくような、新鮮で得難い体験になることは間違いありません。会場を見渡した限り、カタログは出ないようですので(関連書籍はあり)、会場まで足を運んでいただきたいと思います。

投稿者: 東大比較文學會 日時: 2012年11月26日 19:59

≪ 1つ前のページに戻る