展覧会&カタログ評院生委員会

[寸評]サラ・リプスカ ―巨匠の影に

・会期:2012年8月19日(日)ー2012年11月4日(日)
・会場:ワルシャワ国立美術館(クルリカルニャ)
・評者:松尾 梨沙

 ポーランドの首都ワルシャワには、美しい宮殿がいくつか点在しています。中心から南方5km程のところにある、クルリカルニャ(Królikarnia、もともとここでウサギ(królik)狩りが行われていたことに由来)という宮殿もその一つですが、ここは現在、ワルシャワ国立美術館の分館(ドゥニコフスキ記念彫刻美術館)として機能しています。周辺は広々とした庭園となっており、「黄金の秋」といわれるこの時期には、見事な紅葉でとりわけ美しい空間となります。ただいまここで開催中の展覧会「サラ・リプスカ ―巨匠の影に」に行って参りました。

 サラ・リプスカ(Sara Lipska, 1882-1973)はポーランド北東のムワヴァ(当時ロシア領)という町で生まれ、後にパリで活動したユダヤ人女性芸術家です。当初、その頃女性としては難関だった彫刻家を目指して、ワルシャワ美術学校に入学しますが、そこで当時教鞭を執っていた、のちのポーランド彫刻界の巨匠クサヴェリ・ドゥニコフスキ(Xawery Dunikowski, 1875-1964)に、その感性と美貌を見初められます。二人の親交は彼が亡くなるまで続きますが、法的な婚姻関係を結ぶことはなく、サラは彼との間にもうけた娘とともに、1912年よりパリのモンパルナスに移り住みました。

 以降、彫刻、絵画、インテリアデザイン、劇場の装飾、服飾、ポスターデザイン、挿絵など、あらゆる分野で作品を遺し、またディアギレフやヘレナ・ルビンスタイン、ポール・ポワレらとのコラボでも活躍しました。昨年パリのポーランド図書館(Bibliothèque Polonaise de Paris)では彼女を取り上げた展覧会が行われましたが、これまでポーランド国内で彼女の活動は事実上知られておらず、今年はワルシャワ国立美術館150周年を記念し、フランス大使館などの後援も得て大きく取り上げられることとなったようです。

 展示作品数はそれほど多くありませんでしたが、上述の通り様々なジャンルの展示がありました。油彩では、しなやかなラインと明るい色調がマティスを想わせるところもあり、とくに鳥と植物のモチーフが目を引きます。

 服飾デザインにおいても、比較的ゆったりとしたフォームに、やはり花のモチーフが顕著です。また、メシアンの《異国の鳥たち》の音楽をもとにしたバレエの衣装が企画されたこともあり、あらゆる鳥の衣装デザイン(水彩画)が遺されていたことからも、やはり鳥と花は、彼女にとって主要なモチーフであり続けたように思いました。鳥の衣装デザインにおける、翼や羽の色彩感と曲線美は、その他のジャンルにおける彼女特有の描き方にも通じるところを多く感じます。

 彫刻でも、角張ったデザイン性のあるドゥニコフスキの作品に対して、リプスカは細かい曲線まで描き出し、実に写実的です。とくにアルトゥール・ルービンシュタインの頭像は、肌の質感やたるみ方まで驚くほど良く表現され、まるで本人そのものです。

 芸術のジャンルは幅広い一方で、一つのジャンルに優れる人は、他の方面でも劣らぬ才能を見せるものだと、最近つくづく思います。以前ここで取り上げた村山知義も、国は違うもののリプスカとほぼ同時代で、やはり非常にマルチに活躍した人でした。こうした傾向が時代特有のものかどうか、私にはわかりかねますが、両者とも全ジャンルに共通する独自性を感じさせてくれるのは、非常に興味深い点です。こんな感じで、日本で出会えない芸術家の軌跡を辿る機会が、私の留学の楽しみを一つずつ増やしてくれています。

 カタログはA4版、232頁。前半にポーランド語とフランス語による解説、後半に図版と、分けてまとめられていますが、むしろ図版一つ一つにもう少し詳細な解説を付けて欲しかったです。展覧会は11月4日で終了となります。

投稿者: 東大比較文學會 日時: 2012年11月 1日 08:10

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