展覧会&カタログ評院生委員会

[寸評]Le Scrapbook d'Henri Cartier-Bresson

・会期:2006年9月21日-12月23日
・会場:パリ、アンリ・カルティエ=ブレッソン財団
・評者:佐々木 悠介

 ご無沙汰しております。皆様お元気でしょうか。
 偶然ブリュッセルの本屋で、パリのカルティエ=ブレッソン財団で行われている展覧会のカタログを見つけ、なんとか最終日の二十三日に行ってきました。財団の建物で行われている展示会ですので規模は大きくありませんが、この展覧会の趣旨は、カルティエ=ブレッソンのスクラップブックに貼られていた写真を展示するということです。マグナム・フォトの写真家は、マグナムが厳重にネガやコンタクトシートを管理しており、文学研究で言うところの「ジェネティック」スタディーズの可能性はほとんどありませんでした。C−Bの場合も、『CONTACTS.』というDVDでごく数枚の写真のコンタクトシートを見られるだけでした。今回の展示で、限られた量でもスクラップブック段階の写真が公開されるとなれば、どうしても興味をそそられます。
 彼の写真にはすでに有名になってあちこちで目にするものが何枚もありますが、そうした写真の前後に撮られた、いわゆる「ボツ」写真も展示されていることで、後年の展覧会の際に彼自身がどのような目で写真を選んでいったのかを窺い知ることが出来ます。スクラップブックの写真ですから、いわゆるサービス版サイズの小さなものであり、また彼自身が焼き付けしたものがほとんどでしたが、一つの驚きは、その状態で見ると写真としての完成度が驚くほど低く見えることでした。たとえばジョリオ=キュリー夫妻の写真なども全体的に陰がかかって黒ずんで見えます。多くの写真家にとって写真の重要な要素となる光の加減といったものは、彼にとってはそれほど重要ではなかったということを改めて実感します。
 しかし何と言っても最大の収穫は有名な「パリ、サン=ラザール駅前」の写真に、直筆のトリミング指示が書き込まれていたことです(!)。カルティエ=ブレッソンはトリミングをしない写真家として知られ、それが神話にもなってきましたが、図版につけられた説明によると「これはC−Bが最初のプリントでトリミングを行った二枚のうちの片方(もう一つはピエール・コルのポートレイト)で、直筆のトリミングの痕跡が残っている唯一の図版だ」ということでした。大阪芸術大のコレクションの展示(あのコレクションはピエール・ガスマンのプリントだったと思います)の頃に、今橋先生が「サン=ラザール駅」だけ黒い縁(ネガの内枠)が入っていないから、あれは怪しいんじゃないか」とおっしゃっていましたが、それを思い出して、思わず唸ってしまいました。
 財団が今後も研究者の視点を考慮した資料の公開を進めていけば、面白いことになりそうです。ところで、当日は残念ながら現金の持ち合わせがなくてカタログが買えませんでしたが、近日中に書店で手に入れる予定です。日本の皆様はAmazon.frで買えます。ではどうぞ良いお年を。

投稿者: 東大比較文學會 日時: 2006年12月28日 21:50

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