平成十三年(二〇〇一年)四月一日の「島田謹二先生を偲ぶ会」の席上で、本年は明治三十四年(一九〇一年)三月二十日にお生れになった先生の生誕百周年に当る年だ、との記憶が一同の胸裏に蘇りました。そして、それならばこの機会に例年の「先生を偲ぶ会」の催しを更に一層意義あらしめる様な記念行事の類が企画されてもよいのではないか、といった着想も一部の参加者の口に上ったことでした。実はそのことは御息女齊藤信子夫人の胸に以前から暖められていた案であります。この発案はその日の夜の所謂二次会の席上でにわかに具体化し、そして、記念行事として最もふさわしい形は先生のお名前を冠した学藝賞の設立である、という結論が形をとる迄にその後幾何の時間をも要さなかったのであります。
それから約一年間、齊藤夫人の御委嘱を受けた下名四人は折にふれて会合を開き、この企画について検討を重ねて参りましたが、このほど以下に記します様な一応の結論に到達いたしました。
| 一、 |
賞の名称。「島田謹二記念学藝賞」とする。 |
| 二、 |
受賞対象。故島田謹二教授の学問上の功績を記念する、との趣旨を踏まえ、「比較文学比較文化」の呼名に適合する分野での、且つ原則として五十歳までの所謂中堅・若手研究者の手になる、堅実な学問的業績に対し、奨励の意味を籠めて贈呈する。 |
| 三、 |
銓衡の方法。下記四名の銓衡委員が各自の視野に入ったその年度、もしくはそれに近い過去に発表された斯学の学問的業績の中から複数の候補作を選び、四名の合議によって最終の受賞作を決定する。但し、東大比較文学会の会員及びその周辺の者が、上記の銓衡委員に対し、自薦他
薦を問わず、候補作を紹介し、乃至情報を提供することを妨げない。 |
| 四、 |
賞の構成。正賞(記念品)副賞(金二十万円)の他、受賞に至った理由をその業績の紹介と批評の形を以て、東大比較文学会の機関誌『比較文學研究』に発表する。 |
| 五、 |
賞設定の期間。島田謹二教授生誕百周年である平成十三年度を第一回(発表・受賞は平成十四年四月)とし、取り敢えず向こう五年間とする。実績を勘案して延長・継続も有り得る。 |
| 六、 |
銓衡結果の発表と授賞式、例年四月初旬の開催が慣行となっている「島田謹二教授を偲ぶ会」の席上で行う。 |
| 七、 |
事務局。当分の間東京大学教養学部「比較文学比較文化研究室」に置く。 |
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以上 |