国際比較文学会(ICLA)と
東アジアの比較文学研究
——リエゾンとしての比較文学者

平石 典子
(筑波大学人文社会系・教授:比較文学・国際日本研究)

 東アジアの比較文学研究について、本稿では国際比較文学会(International Comparative Literature Association (ICLA), https://www.ailc-icla.org/)との関係の中で考えてみたい。ICLAは1954年にオックスフォードで開催された近代語近代文学連合(International Federation for Modern Languages and Literature, FILLM)の大会を経て1955年に設立、ヴェネツィアで最初の大会を開催した学術団体であり、世界中のすべての比較文学者に活動の場を提供し、個人や地域の比較文学会との連携を通じて、比較文学者間の交流と協力を推進することを目的としている。公用語は英語とフランス語であるが、言語や文学的伝統の境界を越えた複眼的視点から、多彩な理論的方向性、ジャンル、時代、メディアを考えることで文化や地域を繋ぐ文学研究や、テクストと日常世界における人種、ジェンダー、セクシュアリティ、階級、民族性、宗教といった差異の場の研究を奨励することに特徴がある。日本比較文学会(JCLA)団体として1958年にICLAに入会しており、入会しており、日本の比較文学者たちが、かなり早い段階からICLAの活動に参加していたことがわかる。
 初期の日本の比較文学者たちとICLAやそのメンバーとの交流をひもとくと、興味深い事実がある。JCLAの学会誌『比較文学』の第1号(1958年)には、フランス文学者の林憲一郎が「別天地に日本文学を講じて」を寄稿している。1957年、林はノースカロライナ大学比較文学講座のW.P. Friedrich教授の招聘で、翌年にICLAの第2回大会の開催を控えた同大学で日本文学についての講義を一学期間行ったのだった。当時の日本の比較文学研究者に期待されていたことのひとつが、海外の大学で(比較文学的見地から)日本文学を語ることだった、という点には、注目しておいてもよいだろう。その後も、現在に至るまで多くの比較文学者が世界中の大学で日本文学を講じているが、必ずしも日本文学研究を専門にしない場合であっても、比較文学の立場から日本文学を論じることで、海外の学生の日本文学へを引き出す存在として、比較文学者の役割は大きいのではないかと思われる。
 一方、日本の比較文学者たちが海外で目の当たりにしたのは、国際的な比較文学研究の現場における欧米中心主義でもあった。平川祐󠄀弘は1979年にYearbook of Comparative and General Literature 28に掲載した論文 “Japanese Culture: Accommodation to Modern Times”の中で、西ヨーロッパや北米の比較文学が、「大西欧共栄圏」のようなもの(a sort of Greater West European Co-Prosperity Sphere)であると述べているが、現代の「世界文学」提唱者として活躍するディヴィッド・ダムロッシュは、平川のこの論文を引用して、20世紀における比較文学が西ヨーロッパと北アメリカだけを主な対象としてきたことを指摘している。(David Damrosch, “Frames for World Literature,” Winko他編Grenzen der Literatur: Zu Begriff und Phänomen des Literarischen, Berlin and New York: Walter de Gruyter, 2009)
 このような風潮に転換をもたらすひとつの契機となったのは、1991年8月に青山学院大学で開催された、ICLAの第13回東京大会であろう。国内外から1000人以上の参加者を集めたこの大会は、アジアで初めて開催されたICLA大会であり、比較文学研究におけるアジアのプレゼンスを向上させ、特に東アジア地域における比較文学研究交流の振興にも繋がったと考えられる。ICLAの日本開催については、1985年のICLA理事会で芳賀徹により日本の立候補が表明された後、JCLA内で本格的に計画が進められ、1988年にはJCLAがICLAとのダブルメンバーシップ制を導入している。「そしてなによりも私たちは、国際比較文学会の第十三回大会に対して、はじめて東京というアジアの地で開くことを契機に、ヨーロッパと北アメリカ中心であったこれまでの比較文学研究の流れを大きく変えよう、というほどの意気込みで取り組んだのであった」(加納孝代「ICLA東京会議開催まで——事務局長として」『比較文学』第34巻、1992年)と大会事務局長の加納孝代が記しているように、欧米一辺倒の比較文学研究からの脱却をひとつの目的とした大会実行委員会は、「アジアからの比較文学」を重要視し、1989年にはICLA大会のプレセミナーとして、中国、韓国、香港、台湾から研究者を迎えて「東アジア比較文学者会議」を開催している。 “The Force of Vision”を全体テーマとした東京大会においても、「翻訳と近代化」「東アジアの現代映画——伝統演劇とのかかわり」といったワークショップで東アジアの研究者たちが議論し、「アジア・日本を研究の視野に入れるとき比較文学はなおいかに新鮮で豊かな学問分野たりうるか」(芳賀徹「「ヴィジョン」の回想——国際比較文学会東京会議にいたる経緯」『比較文学』第34巻、1992年)を欧米系の学者たちに知らしめた。その結果として、2000-2004年には川本皓嗣がアジアから初めて会長に選出され、2004年には香港でICLA大会が、2010年にはソウルで19回大会が開催された。ソウル大会では “Asia in the Changing Comparative Paradigm”がサブテーマの一つとなり、徐々に増えつつあった中国・韓国の比較文学会(Korean Comparative Literature Association(KCLA), 1959年設立、Chinese Comparative Literature Association (CCLA),1981年設立)会員の参加が増えている。2016-2019年には香港城市大学の張隆溪(Zhang Longxi)が中国からの初めての会長に就任し、2019年にはマカオで22回大会が開催された。マカオ大会においても、複数のサブテーマが「東アジア」を謳い(Global Humanities from an Eastern Perspective, Circulation of Information in East Asia: Journalism, Fiction, and Electronic Textuality, Memoir Literature in East Asia in the Modern Period)、東アジアの比較文学研究の進展に貢献したといえるだろう。なお、東アジアの中での比較文学研究を行う場合、本来使用言語は英語やフランス語である必要はないため、日本語・韓国語・中国語のうち少なくとも二つの言語には通じているが英仏語は苦手、という研究者も少なくない。ICLAの大会では、開催国の言語も発表言語となるため、東アジアでの開催となると門戸が広がることになる。マカオ大会においては特に中国の若い研究者の発表が多く、「国際学会での学術発表」が業績上のポイントとなる昨今の世界の大学事情を反映していたことも興味深い。
 その後、韓国から二つめの比較文学研究団体、Korean Association of East-West Comparative Literature (KEASTWEST)がICLAに加盟し、2025年には再びソウルで大会が開催されることとなった。この機会に東アジアの比較文学研究が、相互交流も含めてさらに進展し、新たな展開をみせることを期待したい。

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