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2013年8月 アーカイブ

2013年8月 2日

[寸評]ルーヴル美術館展―地中海 四千年のものがたり― La Méditerranée dans les collections du Louvre

会場:東京都美術館
会期:2013年7月20日〜9月23日
評者:岩瀬 慧
 
 「ルーヴル美術館展―地中海 四千年のものがたり― La Méditerranée dans les collections du Louvre」は2013年7月20日〜9月23日までの間、JR上野駅から徒歩7分の、昨年リニューアルオープンした東京都美術館で開催されており、高級感のある洗練された展示室で楽しむことができる。

 「序 地中海世界--自然と文化の枠組み」「Ⅰ 地中海の始まり―前2000年紀から前1000年紀までの交流―」「Ⅱ 統合された地中海―ギリシア、カルタゴ、ローマ―」「Ⅲ 中世の地中海―十字軍からレコンキスタへ(1090-1492年)―」「Ⅳ 地中海の近代―ルネサンスから啓蒙主義の時代へ(1490-1750年)―」「Ⅴ地中海紀行(1750-1850年)」の計6章構成になっており、さらに各章の下に細かく節が立てられており、綿密に構築されている。
 監修はジャン=リュック・マルティネズ新館長、学術協力は高階秀爾先生、三浦篤先生で、主催には日本経済新聞社、NHK、NHKプロモーションが加わる。本展の最たる特徴は、ルーヴルの「古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術」「古代エジプト美術」「古代オリエント美術」「イスラーム美術」「絵画」「彫刻」「美術工芸品」「素描・版画」の8美術部門すべてが横断的に参画していることである。壷、皿、スプーン、モザイク、彫刻、絵画など合計273点と大規模な展示になっており、鑑賞の際には時間配分に気をつけたい(要所のみで1時間、通常で2時間、じっくり観れば3時間はかかるだろう)。カタログも充実した内容になっており論文、解説に加え巻末の「地中海関連年表」と「地中海についての主な日本語文献」(ともに小池寿子、棚瀬沙和子編)まで付加してあり、参照されるべきものである。

 全体として、ある作家やあるテーマの芸術作品を集めた一般的な展覧会というより、地中海沿岸の文化からみる交流をテーマにした文明史展といった印象である。世界史の知識がある程度前提にはなるものの、テーマ設定が独自であるが故に今日の我々の眼に新鮮なものである。展示形式にも工夫が凝らされていることも重要だが、気になった作品を幾つか挙げてみよう。
 まず、《エウロペの神話》のテラコッタの壷は、既に古代ギリシアで発達していた身振りの表現の優雅さに驚かされる。大陸(ヨーロッパ)の名前の由来となったエウロペはフェニキア(現レバノン)王の娘で、白い牡牛に姿を変えたゼウスに連れ去られた。東方に由来するものとしてのギリシア観であり、両者の深い繋がりを表している。独立独歩に発展したギリシア文明という歴史認識の誤りに陥らずに済む。
 他にも《ひげのある男の顔の形をしたペンダント》や《魚形アリュバロス(小型の香油入れ)》など、日々の生活を彩り、楽しませてくれる「モノ」は眺めるだけでも飽きが来ない。300年頃の床モザイクは文字通り床に貼られたものを見下ろす、という実際の配置に近い形式での展示は見逃せない。

 次に《ローマ皇帝ルキウス・ウェルスの妻ルキッラの巨大な頭部》は160cmの頭部(!)というその大きさにまず圧倒される。しばらく眺めていると、「こんなに大きな頭部を作らせた皇帝は、一体どういう気持ちだったのだろう?」という疑問が湧いてくる。皇帝が妻を慕う気持ちの現れなのか、時空を超えて彼女の美貌を留めおくためなのか。整った目鼻立ち、大きな眼、正面をまっすぐ見据える女性としての強い性格、大理石は細部にいたるまでさまざまことを物語っているようだ。
 また、交流に主眼を置いた展覧会、という意味では、《キリストのモノグラムIHSが記された大皿》は、15世紀イスラーム陶器がラスター彩でIHS(イエスのギリシア名の省略形)を書き入れている点は興味深い。《東方と西方のキリスト教会統一の象徴である教会を支える、聖使徒ペテロとパウロ》の絵画もまた、本展のテーマを如実に体現している例である。
 最後に、画家のアントワーヌ=アルフォンス・モンフォールによる《シリアの馬》(1837年)は、馬の黒鹿毛に眼を奪われる。馬、牛などの動物は本展を通して重要なモチーフであり、それぞれの表現の異同に注目してほしいものである。文化は独立して生まれてくるのではなく、相互の関係性から生み出されるものであり、その実態を4000年の歴史から「地中海」を固定点としながら俯瞰する本展の試みは、功を奏しているといえるだろう。

 見学後は東京芸大の間を通り過ぎ、言問通りの信号を渡った角にある「カヤバ珈琲」で休憩するのがよい。2階に上がると座敷になっており、イサム・ノグチのコーヒーテーブルでみつ豆をいただきながら涼を取りたい。

2013年8月30日

[寸評]プーシキン美術館展 フランス絵画300年




会期:2013年7月6日(土)〜2013年9月16日(月)
会場:横浜美術館
評者:松枝 佳奈

 1912年にロシアのモスクワに創設されたプーシキン美術館(当初の名称は「モスクワ大学附属アレクサンドル3世美術館」。1923年に「国立モスクワ美術館」、1937年に「国立A.S.プーシキン記念美術館」に改称。)。世界に誇るフランス絵画の一大コレクションがあることで知られています。また第二次世界大戦後、政治的な理由から廃館となった国立西洋近代美術館からプーシキン美術館に移管されたのが、モスクワが生んだ第一級の西洋美術蒐集家、セルゲイ・シチューキン(1854-1936)とイワン・モロゾフ(1871-1921)の膨大な個人コレクションでした。

 本展覧会ではそれらのうち、17世紀から20世紀までの300年にわたるフランス絵画に焦点が当てられています。とりわけヨーロッパ絵画の中心的主題の一つといえる、風景や室内の中の人物が描かれた油彩や肖像画を中心に構成されています。人物描写を軸にフランス絵画表現の変遷を一堂に見渡すことのできるまたとない贅沢な機会が得られるのです。この点はこれまでのプーシキン美術館関係の展覧会に比べて特徴的であり、見所といえます。また出品された作品の半数以上が日本初公開であることも、日本・ロシア双方の学芸員の方々のご尽力の賜物でしょう。

 展覧会カタログは、見開き1ページ左半分(A4サイズ)に担当学芸員による画家と作品の解説、右半分(A4サイズ)に図版を掲載するという構成になっています。フランス絵画やそれを通じたフランス文化の手ほどきとしても読み応えのある非常に充実した内容と思われます。

 ここでロシア文化研究に関わる評者の立場から、本展覧会について考えた点を少し挙げてみたいと思います。会場に足を運んだのは夏休み期間中だったこともあり、会場では大勢の小中学生が熱心に一つ一つの作品を鑑賞していました。その中にはおそらく初めてフランス絵画に触れた子供たちもいたのではないでしょうか。しかしこれを単なる「フランス絵画300年」の歴史として鑑賞者に提示することには、疑問を覚えざるを得ませんでした。

 本展は紛れもなく「"ロシアが憧れ愛した"フランス絵画300年」の歴史なのです。各作品には、当時の最先端を行くフランス文化へのロシアの憧憬(例えばランクレ「けちな女の愛人は詐欺師」やシャルパンティエ「鳥籠のそばの婦人」など)や、エカテリーナ2世やユスーポフ、トレチャコフ、シチューキン、モロゾフらロシアの制作依頼主や蒐集者たちの色彩感覚や主題・構図・表現などに対する趣向(例えばアングル「聖杯の前の聖母」やゴッホ「医師レーの肖像」、マティス「カラー、アイリス、ミモザ」など)が色濃く反映されていると考えられます。おそらくロシアのフランス美術作品の蒐集・展示には、フランス本国の美術館や蒐集家たちのコレクションとは明らかに異なった傾向が見られるのではないでしょうか。さらにはロシア人が自らモデルになる(例えばミトワール「カンペンハウゼン男爵夫人」やペリニョン「エリザヴェータ・バリャチンスカヤ公爵夫人の肖像」)など、フランス絵画とロシア文化の融合が試みられている作品も数多く見受けられます。これらは先行するプーシキン美術館関係の展覧会や本展覧会でも一部触れられてきた内容とはいえ、それが鑑賞者にもう少し見えやすい形で展示することも可能であったように思いました。実際の作品をに目の当たりにすると、どれも素晴らしい作品であることに気づかされるがゆえに残念でなりません。

 以上に挙げた点は展覧会カタログ収録論文の内容にも表れているように思われます。確かにプーシキン美術館側の担当学芸員は同館のコレクションとロシア人コレクターの歴史について解説しています。しかし日本側の学芸員では、愛知県美術館学芸員森美樹氏がわずかにロシアのマティス・コレクションに言及するのみに留まります。3世紀に及ぶ濃密な露仏美術交流史や美術から見た両国の文化交渉の様相を取り扱う本格的な論考が一つでもあれば、と願わずにはいられませんでした。今後の企画展に期待したいと思います。

 ロシアが愛した上質なフランス絵画を堪能することのできる本展覧会は、9月16日で横浜美術館での開催が終了し、今年9月28日から12月8日までの神戸市立博物館における巡回展が最後となります(愛知県美術館での開催はすでに終了(今年4月26日〜6月23日))。


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