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「江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆×絵」展(96号掲載)定村来人

定村来人
執筆時:東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程
雑誌情報:『比較文學研究』96号、2011年6月、151-156頁

 「江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆×絵」展は、絵画67点、漆工品54点、合わせて111点で構成され、戦後国内で開かれた柴田是真の作品展としては最大規模のものとなった。(1) 東京日本橋にある三井記念美術館で開催された後、京都と富山を巡回し、各地でおよそ二カ月にわたって公開されている。この展覧会は、アメリカ・テキサス州在住のキャサリン&トーマス・エドソン夫妻のコレクションから71点を日本で初公開する里帰り展であり、合わせて国内に所蔵される是真の作品から優品40点が展示された。
 本展覧会のひとつの目的は、充実した海外コレクションの紹介を通して、是真という作家の再評価を促すことである。是真は長らく日本国内よりも欧米で高く評価され、その作品の多くが海外の美術館に所蔵されている。まとまった数の是真作品を国内で目にする機会は、これまで決して多くなかった。(2) 日本で是真が積極的に評価されてこなかった背景として、本展の監修者安村敏信氏は美術史研究における是真の扱いにくさを指摘する。(3) 蒔絵師であると同時に画師でもあり、幕末から明治にかけて時代をまたいで作品を作り続けた是真[1807~1891]は、ジャンル分けや時代区分を重視してきた美術史において長く見過ごされてきたというのである。
 欧米では、18世紀の異国趣味に端を発する「ジャパン」(漆器)への関心が、19世紀後半の万国博覧会の時代を経て、現代にまで受け継がれている。是真の作品は、1873年のウィーン万博、1876年のフィラデルフィア万博、1889年のパリ万博に出品され、賞牌を受けた。また、19世紀後半の欧米では、伝統的な美術観に対抗する新しい価値観の拠り所の一つとして日本美術が人気を集めた。欧米で是真のような作家が積極的に評価される下地には、このような歴史的流れもあるだろう。
 このような関心の違いは、エドソン・コレクションのあり方にも反映されている。エドソン夫妻はまず画師としての是真を知り、それから漆工作品も集めるようになった。是真が描く滝の絵に惹かれてコレクションを始めた夫妻は、「遊び心」や「自然を愛する心」といった、絵画、漆工作品に通底する作家のテーマ性を是真の中に見出したのである。「一人の作家に焦点を当てて収集するには時間を要しますが、是真という人物の中に、私たちが時間をかけてこたえていきたくなる人間性を発見したのです」(4) というエドソン夫妻によって集められたコレクションは、絵画、工芸といった区分にとらわれずに柴田是真という作家を再発見する、またとない機会を提供してくれた。
 安村氏は、是真作品の愛好者が日本に育たなかったもうひとつの理由として、蒔絵の技法に馴染みがない一般の観客には是真の巧みさ、その作品の面白さが解りにくいという点を挙げている。(5) 本稿では、是真芸術の魅力を伝え、再評価のきっかけとするために、この展覧会およびカタログが是真作品をどのように見せようとしているかを、「是真を展示する」ということが抱える問題とともに検討する。

 まず気が付くのは、本展覧会が意識的に是真の造形的越境性を展示内容の中で示そうとしていることである。立体と平面にまたがり、どちらが主でどちらが副ということもなく制作を行った是真の創作的広がりを、漆工品と絵画を同じ比重で扱うことで視覚的に印象付けようとようとする。このことは、過去の展覧会に出品された漆工品と絵画の比率と比べてみても明らかである。(6) 展覧会タイトルに使われた「漆×絵」という言葉は、工芸か絵画かというジャンルにこだわるのではなく、蒔絵の技術と画術の両方を駆使して漆と絵の世界を×=クロスさせた是真独自の制作方法にこだわりながら、その作品世界全体を捉えようとする意図の表れであろう。
 展覧会は大きく分けて二部構成になっている。前半ではエドソン・コレクションを、立体である漆工作品を展示した「漆」の部屋(展示室1と2)と平面作品つまり絵画を展示した「絵・漆絵」の部屋(展示室4と5)とに分けて紹介する。是真芸術の基礎として蒔絵の技術があり、それが絵画の世界に直接に結びついたとき、漆絵としてどのように展開したかという流れをエドソン・コレクションで見せ、後半の国内コレクションを集めた「漆×絵」の部屋(展示室7)で、漆工作品と絵画作品を並列展示している。比較的小さなスペースの展示室3と6は、それぞれ、エドソン・コレクションの漆工品の部から絵画の部に入る前と、エドソン・コレクションから国内コレクションに入る前の、小休符のような役割を果たしている。展示室3に設置された、如庵の室内を再現した空間には是真の漆器と掛軸が飾られ、展示室6には印籠と根付の他に、現代の蒔絵師によって再現された三種の変塗手板の製作工程を紹介するパネルが設置されている。
 この展覧会の最も大きな特徴であり、成果とも言えるのが、蒔絵の技法についての専門知識をもたない一般の観客に向かっても是真芸術への入り口を開くというねらいの下に、展覧会やそのカタログを構成した点である。多様な技法を駆使して作られた是真作品の解説には、「金薄肉高蒔絵」「黒石目塗」「青銅塗」「茶道塗」といった、見慣れない用語が並ぶ。しかし、あえて長い解説文を付け、細かく区別される技法や材料の違いを記したのは、蒔絵の技法を知ることなくしては是真芸術の心髄を理解することはできないという、監修者の信念があるからに違いない。(7) 会場入り口では、出品目録の他に「漆工用語解説」として、五十音順に並んだ45の専門用語の解説(A3判二折両面印刷、四頁)が配布された。この用語リストは、作品一つ一つに付された丁寧な解説を読む際にどうしても避けられない蒔絵技術の専門用語を理解する簡便な手助けとなる。そこには、ある技法を施すための具体的な作業プロセスなどが簡単に説明されているが、同時にその説明を通して、ひとつの技法の中にとてつもない労力と時間が注がれている事実が鑑賞者にも明らかになる。
 また、作品に付された解説とは別に、会場の24作品を取り上げた約30分の音声ガイドも鑑賞の手引きとして丁寧につくられている。それぞれの作品に使われた技法や意匠の解説に加えて、是真の経歴や明治という新しい時代の要請など、作品成立の背景的要素にも触れた立体的な説明を聞くことができる。文字から作品へと目をせわしなく動かす解説文とは違って、耳で聞きながら作品を見ることができる音声ガイドの利点を活かし、「表面の色にご注目ください」と、まず深い色合いに注目させながらその色を生みだす変塗技法の説明をするなど、鑑賞者の目を導くように解説がされていた。

 以上のような工夫によって知識的側面から作品鑑賞を豊かなものにしているにも関わらず、本展覧会もまた、美術館において日本美術を展示、鑑賞することの根本的な問題にぶつからざるを得なかった。この展覧会の意図が、質の高いコレクションから選ばれた優品を実際に目にし、その魅力に触れることで是真芸術への関心を高めようとするものであったからこそ、より痛切に感じられる問題でもある。
 近代的美術館や博物館では、美術品や工芸品が「展示される」ものとなり、鑑賞者は「観客」として、その鑑賞方法は見る行為に特化される。展示された作品は、傷みやすい日本美術の場合は特に、展示ケースの奥の暗い照明の中に置かれ、触れられないどころか近づくこともままならない、遠い存在となった。自分の息でガラスが曇ったり、額や鼻をガラスにぶつけたりしながら、何度も瞬きをしては目を細めて、必死でガラスの向こうの作品を見ようとした経験がある人は少なくないだろう。今回の会場でも、見ている自分の姿が展示ケースに反射し、作品が見えにくいものがあった。黒を基調とし、光の反射によって表情を変える青海波塗が施された《柳に水車文重箱》(E-13)は、ガラスケースに映るリフレクションの問題が最も強く感じられ、この作品がエドソン・コレクションのハイライトとしてポスターやチラシにも使われていたこともあって、なおさら残念だった。
 また、立体作品において問題となるのが、ケースの中で固定された作品は限られた視点から決められた部分しか見ることができないという点である。ルーペや鏡を設置したり、見せることのできない部分の写真を参考に置いたりするなどの配慮はあったが、やはりもどかしさが残る。展示ケースの問題は、作品が公共の場に展示され、不特定多数の観客に鑑賞されるようになった瞬間からある程度仕方のないことと言えよう。現在ではできるだけ鑑賞を妨げないような低反射ガラスを使った展示ケースも開発され、美術館によっては、照度を落としても細部までよく見えるLED(発光ダイオード)の照明を取り入れるなど、ライティングの工夫もされている。しかし、いずれにしてもこのように「見る」ことに限定された鑑賞方法によって、鑑賞者が是真の作品が提供する喜び、楽しみ、そして驚きから遠ざけられていることは明らかな事実である。
 是真作品のほとんどは、このようなケースの中に入れられるために作られたものではない。すべてが日常的な生活の道具とは言えないまでも、個人の生活空間の中で楽しまれるものであったことは確かである。持ち主の手の中でその感触、材質が楽しまれ、あらゆる角度から眺められ、器なら蓋を外し、中を覗いた時の驚きや楽しみがあったはずだ。驚きという点では、是真の「だまし漆器」(8) がよい例だろう。金属や陶器、あるいは木などの重い素材でできているように見せかけて、実際は紙の張り子に変塗を施したという作品がいくつかある。これらは、お茶の席などで客人が金属あるいは陶器と思って持ち上げてみて、その軽さに吃驚することを狙ったと思われる、いたずら心にあふれた作品である。直接その物に触れることのできない現代の観客は、是真によって仕組まれたこのような楽しみから遠ざけられている。解説を行う研究者や学芸員によって種明かしをされ、想像力を働かせてその楽しみを追体験しようとしてみるほかないのである。
 近代的な展示という鑑賞方法の中で、是真のような作家による作品は、鑑賞者との親密な関係を失ってしまった。是真の作品が現代の一般観衆に親しまれてこなかった最も大きな理由は、安村氏が指摘するように蒔絵技法が複雑で難解なものであるということ以上に、是真の作品がガラスケース入りの美術館展示には向かず、個人観賞に最も適しているということ、つまり「蒐集家のための作家」であるということなのではないだろうか。「是真を展示する」ということは、近代的な展示・鑑賞の方法が日本の伝統的な美術品との関係において抱えるチャレンジに向き合うことだといってもいい。

 本展覧会は、課題は抱えつつも、この日本美術を展示するという問題に意識的であることは間違いない。三井記念美術館内の如庵を再現した空間に是真作品を並べた展示室3は新鮮であり、モノが息を吹き返したようであった。解説を充実させ、「だまし漆器」などを取り上げながら、是真の作品がどのように楽しまれたのかということを伝えようとしたのも、鑑賞者の想像の中で作品が展示ケースから飛び出してくるように働きかけるためであろう。
 本展覧会のカタログは、展示会場での限界を補うものであり、学術資料としても充実している。しっかりとディテールを見せるように撮影された写真図版は、一頁に一点または二点と、大きくはっきり印刷され、時には部分を拡大した詳細な写真も付されている。《宝尽文料紙箱》(E-4)などは、作品の全体を映したものに始まり、蓋表、蓋裏、四側面それぞれの方向から撮影された写真が載せられている。手の中で自由に動かすことはできないが、展示会場では得られなかった視点の自由と明快さがある。過去の是真展のカタログと比べても、質の高い写真図版と見やすいレイアウトが印象的である。
 会場で読むことができた用語解説はカタログにも収録されており、作品解説は会場のそれよりも詳細にわたる。(9) カタログの冒頭には図版ページに先立って、是真の生涯に沿って作品の変遷を解説した安村敏信氏の論考が載る。作品図版を一通り見終えると、是真の絵画作品、漆工作品に共通して見られる「だまし」の要素に着目した小林裕子氏の論考によって、「トリックアート」として是真芸術を楽しむ視点が提供されている。これらの二本の論文と作品解説、展覧会出品目録が英訳されていることは高く評価したいが、用語解説と是真略年譜が訳出されていないのは残念である。(10)
 しかし、このカタログの学術資料としての堅実さは、参考文献表に最もよく表れている。明治時代から現在までの是真関係文献102種をリストアップし、戦後初めて開かれた1980年の是真展のカタログに載せられた文献リストをより充実させたものになっている。(11)その他に、エドソン・コレクションの漆工銘の一覧が収録される。

 今回最も印象に残った作品の一つに、エドソン・コレクションの《波に千鳥角盆》(E-17)がある。縦24.1cm、横16.8cm、高さ1.59cmの長方形の盆は、ぱっと見には黒一色の平面的な作品である。しかし、近づいて見てみると、その小さな空間に広がる大きな世界に思わず息を飲む。
 黒一色だと思った表面は、ざらっとした感触に鈍い光を含んだ地(石目をつけた青銅塗地)に、しっとりと艶のある波文(青海波塗)が施されたもので、小さな銀の光となった千鳥(金貝)が波間を横切っている。細い線で幾重にも重ねられた波模様は、うねり、盛り上がり、吸い込まれ、大きな水の流れとなって迫ってくる。水しぶきは高く舞い上がり、大気中へ分散していく瞬間に、一瞬動きを止めたかのようである。押し寄せる波に飲み込まれそうになりながら、小鳥たちは列になって羽ばたき、空へと上昇を試みる。様々な技法が異なる事象を描き出し、技術が表現となって、モノとしての物理的制限を超えた想像空間を作り出す。かつてこの盆を手にした人は、自分の手の中で一気に展開する世界の大きさに目眩を覚えたのではなかろうか。
 是真芸術の再評価は、美術館という展示スペースでの日本美術の鑑賞方法に批判的な目を向け、カタログの写真図版や文字資料をいかに活用してモノそのものの展示と有機的に結び付けることができるかを考える良いきっかけとなるだろう。


[展覧会およびカタログ情報]
「江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆×絵」展
三井記念美術館(2009年12月5日~2010年2月7日)、相国寺承天閣美術館(4月3日~6月6日)、富山県水墨美術館(6月25日~8月22日)。カタログは、日本経済新聞社編集・発行、2009~2010年、総頁数264。


【註】
(1) 戦後国内で開かれた柴田是真展を以下に挙げる。1980年3月9日~4月6日「幕末・明治の精華―絵画と漆工の世界―」板橋区立美術館(絵画44点、漆工品11点)、1998年5月20日~6月28日「明治の宝 柴田是真」(ナセル・ハリリ・コレクション)三島大社宝物館(絵画12点、漆工品48点)、1999年10月2日~11月1日、同展が富山佐藤美術館に巡回、2001年11月10日~22日「江戸の生活文化 絵師・蒔絵師柴田是真の視座」(絵画15点、下絵14点、漆工品5点)、2005年6月11日~8月7日「柴田是真 明治宮殿の天井画と写生図」東京藝術大学美術館(天井画下絵112点、写生帖・粉本類95冊)、2007年7月13日~19日「柴田是真生誕二百年展」ギャラリー竹柳堂(絵画11点、漆工品32点、その他7点)。
(2) 註1参照。
(3) 本展覧会カタログ、8頁。
(4) 同右、5頁。
(5) 安村敏信監修『柴田是真 幕末・明治に咲いた漆芸の超絶技巧』別冊太陽163、平凡社、2009年、五頁。
(6) 註1参照。
(7) 安村、5頁。
(8) 本展覧会カタログ、178頁。
(9) 柴田是真生誕二百年展」のカタログに載せられた高尾曜氏による作品解説は、特に漆器作品の解説が充実している。
(10) 柴田是真 明治宮殿の天井画と写生図」展のカタログは、作品一覧表、論文のみならず、見出しから凡例、奥付に至るまで徹底して日英バイリンガルになっている。
(11)「幕末・明治の精華―絵画と漆工の世界―」展のカタログには、安村敏信氏によって柴田是真研究の現状が示されると同時に66種の参考文献が挙げられている。


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