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[寸評]国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展

・会期:2012年8月4日-10月8日
・会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
・評者:松枝 佳奈

 本展の最後に掲げられた、トレチャコフ美術館の創立者、パーヴェル・トレチャコフ(1832-1898)の肖像。彼は、自らの館で、愛するロシア美術のコレクションに囲まれながら、長い指で肘をかかえるお気に入りのポーズで佇んでいます。
 画家イリヤ・レーピンが描いた、敬愛する美術蒐集家のいるトレチャコフ美術館の風景とその明るい空気感は、不思議なことに、2008年初秋、筆者が同館を訪れた際のものと全く同じものだったのです。しかし、本展の開催により、レーピンとその作品の持つ、さまざまな魅力に改めて気づかされたのでした。

 イリヤ・エフィーモヴィチ・レーピン(1844-1930)は、19世紀後半から20世紀初頭のロシア美術を代表する画家です。ロシア国立トレチャコフ美術館は、圧倒的な質と量を誇るレーピン・コレクションを所蔵していることで知られています。本展は、レーピンの油彩57点、素描42点から成る、日本では初めての大規模な回顧展です。
 本展の見どころは、さまざまな人物やロシアの歴史的な事件、物語などの題材を、ある時は劇的さと高揚感をもって、またある時には厳粛な静謐さをもって描き出す油彩のみにとどまりません。
 本展の第一の特徴は、レーピンの素描にスポットを当てたところにあります。今回、鑑賞して初めて感じたのは、レーピンの素描や水彩画の持つ迫力です。レーピンがある油彩を制作するまでに、膨大なエスキースや習作を残していたことは、個人的に最も驚いた点でした。
 しかも、その一つ一つが作品としても非常に優れているのです。例えば、油彩のためのスケッチ「コサック、ワシーリー・タルノーフスキー」や、素描「少女アダ」などは、鉛筆による細かい線描と指先によるぼかしのみで、人物の繊細な表情や肌の質感、陰影、そして雰囲気までもを描写することに成功しています。
 確かに、本展は大作が少ないと指摘することができます。しかしそれ以上に、レーピンの上質な小品を心ゆくまで堪能することのできる、稀な展覧会であることには間違いありません。そして彼の素描や水彩画に、観客の誰もが魅了されることでしょう。

 最後に、本展を企画・構成した、神奈川県立近代美術館主任学芸員の籾山昌夫氏の尽力は、多大なものであったことが伺えます。
 籾山氏による、展覧会のキャプションならびに、カタログ掲載の豊富な作品解説や論文がきわめて卓越していることは、特筆すべき点です。その文体や描写は、レーピンの作品の特徴ともいえる、豊穣な物語性を語るのに、きわめて適していると評価できるのではないでしょうか。
 さらに、各作品の背後にある、歴史や社会の状況などが、ロシア美術に初めて触れる観客にとっても分かりやすく、かつ充実した情報量で紹介されています。

 本展は、2012年10月8日まで、Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催中。
 その後、10月16日から12月24日まで、浜松市美術館に、来年2013年2月16日から3月30日まで、姫路市立美術館に巡回予定です。そして、この大規模な巡回展は、2013年4月6日から5月26日までの神奈川県立近代美術館 葉山にて、幕を閉じます。
 なお、前半の2会場と後半の2会場で、素描や水彩画の展示作品が20点ほど入れ替わるので、東京近郊にお住まいの方は、ぜひ、Bunkamuraと葉山の両方に足を運ばれることをお薦めいたします。  


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