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「アジアのキュビスム」ソウル展(91号掲載)前島 志保

前島志保
執筆時 :神奈川大学非常勤講師、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学大学院アジア学専攻博士課程
雑誌情報 : 『比較文學研究』91号、2008年06月、167-168頁

「アジアのキュビスム」展は、東京展の後、ソウル、シンガポールでも順次、開催された。筆者は、2005年12月半ば、徳壽宮美術館(韓国国立現代美術館分館)で開催されていた同展を見る機会に恵まれたので、その印象を東京展と対比しながら簡単に紹介したい。
韓洋折衷の徳壽宮は、いかにも「アジアのキュビスム」展に相応しい会場だった。ソウルの中心部、市庁に近く、古くからの繁華街、明洞からもほど近いこの王宮は、ガイド・ブックによれば、観光地であるとともに、市民の身近な公園的な場でもあるという。なるほど、芝生と樹木から成る都会のオアシスとも言うべき宮殿構内には、地方からの年輩の観光客とおぼしき団体や、おしゃべりに興じる高校生の姿が点在している。構内奥に半島初の洋館といわれる石造殿があり、ここが美術館になっていた。
展覧会は、一言で言って、同じ展示物を用いても展示方法が異なればこれほどまでにも別物になってしまうのかということを実感させられるものだった。ネオルネッサンス式の白亜の石造殿の中の四室が四つの基調テーマに充てられているのは、東京展と変わりなかった。しかし、解説パネルはそれぞれの部屋に一、二枚ほどしか掲げられておらず、来歴のよく分からない絵画の数々がただ並べられているという印象であった。各作品のかたわらに国名がひときわ大きく記されており、国家の枠組みを超えて絵を見る体験を提供しようとしていた東京展の方向性とは大分、異なる趣を展覧会全体に与えていた。東京展で印象的だった、各地の近代絵画史と主な政治的事件の年表だけを壁一面に掲げたスペースが無かったのは、おそらく、歴史的建造物を会場としていたために、そのような自由な空間使いが不可能だったのだろう。
何より、来訪者が異常に少なかったことには驚いた。私がいた二時間ほどの間中、ただの一人も他の鑑賞者が入ってこなかったのだ。平日の午後ということを考慮してみても、これは少し異様だった。入館者の少なさは、同展の宣伝がほとんどなされていなかったせいかもしれない。会場に向う途中、「アジアのキュビスム」展のポスターが全く見られなかったので、開催時期を間違えてしまったのではないか、もう「アジアのキュビスム」展は終了してしまったのではないか、と気をもんだほどであった。これに対して、近くのソウル市立美術館のマティスとフォービズムの画家たちを扱った展覧会のほうは、街中、地下鉄構内にまで幟やポスターを大々的に掲げて華々しく開催されており、会場には多くの観客が列をなしていた。では両展の人の入り具合の違いは入館料のせいかというと、そういうわけでもないようである。たしかに、「アジアのキュビスム展」に入場するには、展覧会の券(3000ウォン)の他に、まず、入り口で徳壽宮の入場券(1000ウォン)を購入しなければならない。しかし、一方、ソウル市立美術館「マティスと不滅の色彩画家たち」展の入場券はその倍以上の10000ウォンである。これは、韓国におけるアジアの近代絵画への関心の低さを示しているのか、それとも、単に宣伝費が足りなかったということなのだろうか。
ところが面白いことに、ソウル展のカタログのほうは、掲載作品や論文は同じものの、東京展のカタログよりも全般的に充実していた。これは、日本語版カタログが貧弱だったということでは決してない。筆者が本誌第87号で紹介したように、東京展のカタログは、盛りだくさんの内容が凝縮された、中身の濃いものであった。ただ、ソウル展のカタログは、それを上回るものだったのだ。一読してまず気付く違いは、掲載された絵画の画像の大きさである。総ページ数211の日本語版では全ての絵画が最大でも半ページ大の小さな画像で収録されていたのが、ソウル展のカタログでは、284ページという紙面数を十二分に活かして、一つ一つの作品が大きく取り上げられていた。一ページを使って堂々と掲載された作品は、線の勢いやキャンバスに重ねられた絵の具の質感までが伝わってくるようで、複製とは言え、迫力がある。さらに、日本語版には無かった、掲載論文と解説文および作者略歴の英訳までが巻末に収録されており、まさに至れり尽くせりの体裁である。もちろん、これを、韓国の学術世界における英語文化圏 - 特にアメリカ - の影響力の大きさと解釈することもできなくはないけれど、ここは、むしろ、国際的にこの展覧会の意義を発信しようという意気込みのあらわれと解したい。
あまり力の入っていないように見受けられる展示・宣伝と異様に豪華なカタログ ― このギャップをどう解釈したらいいのか、韓国の美術事情、展覧会事情に疎い私には、正直言って、よくわからない。単に会場スペースの使用上の制約や費用、カタログ準備期間を長くとれたことなどが要因なのか。それとも、韓国では、非欧米圏の近代文化への関心があまり高くない一方で、豪華なカタログが次第に増えてきているのか。少しうがった見方をするならば、この企画は実は日本側の強力な主導のもとに進められたもので、協力国・地域の間で取組みに温度差があるのではないかと考えられなくもない(なにしろ、カタログ冒頭に収められた八篇の序論と解説論文のうち、半分は日本人研究者の手によるものなのだ)。
いずれにせよ、東京、ソウルと、一見、ほぼ同じながらも、全く別様の展覧会とカタログを楽しむことができた。展示作品がヨーロッパ発の近代絵画のアジアにおける変奏だったとすれば、展示とカタログ自体もまた、ソウル、東京の各都市における変奏だったのである。
シンガポールでは、一体、どんな曲が奏でられたのだろうか。

〔展覧会およびカタログ・データ〕
‘아시아 큐비즘: 경계 없는 대화’전 (「アジアのキュビスム:境界無き対話」展) 
국립현대미술관 덕수궁미술관 (〔韓国〕国立現代美術館 徳壽宮美術館〕
2005년 11월11일~ 2006년 1월30일 (2005年11月11日~2006年1月30日)
カタログは김인혜(한국국립현대미술관)(キム・インヘ〔韓国国立現代美術館〕)編輯、국립현대미술관/일본국제교류기금(〔韓国〕国立現代美術館/日本国際交流基金)発行、二〇〇五年、総頁数二百八十四。


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