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「沖縄・プリズム1872-2008」展(94号掲載) 西田 桐子

西田桐子
執筆時 :東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程
雑誌情報 : 『比較文學研究』94号、2010年01月、176-180頁

沖縄へと旅行する人に、「なぜ沖縄などに行かれるのですか?」、と問う者はいないだろう。それほどに沖縄の魅力は喧伝され、多くの人々を惹きつけている。日々、本土から沢山の人が、あくせくとした日常から解き放たれようと沖縄を目指す。そして沖縄へと向かう欲望は一度その地を訪れれば満たされるというものではない。ひとたび行けば、二度三度とますます行きたくなる。正直にいえば、筆者もそのような人間の一人である。わたしたちにとって、沖縄体験は沖縄の魅力を損なうものではなく、さらなる沖縄への渇望をかきたてる。
では、その魅力とは何だろうか。その魅力をエキゾティシズムを求める本土からの眼差しによってつくりあげられた虚像であると断ずることは易しい。そして、そのような側面を完全に否定できるとも思わない。だがこの展覧会の大きな意義は、そのようなニヒリスティックなものではなくむしろこの意欲的な展覧会が、そのようなステレオタイプに満ちた沖縄像が存在することを前提とした地点から出発していることである。「沖縄・プリズム1872-2008」展は、各人のつくりあげた沖縄像への自己批判を促すことはもちろんであるが、その先の根源的ではあるものの、ポストコロニアルの議論などを齧った学生にとっては盲点となりがちな問題を投げかけてくるのである。それは、「ではそのような沖縄像を批判した先に何が存在するのか」、という問題である。これはまさに、旅人として沖縄を愛する著者にも実存的な問題として突きつけられている。
カタログの序論に「沖縄・プリズム―隔たりを生きる倫理」と題された本展覧会の企画者でもある鈴木勝雄による論考がある。この素晴らしく刺激的で展覧会の意図が明確に記された論考は、「外来者の可能性」という節で締め括られる。そこにおいては、旅人を含む外来者の「異なるものへの飽くなき希求を支える源泉としてのエキゾティシズム」、「自分の情熱のうちに潜む正のエキゾティシズム」の可能性が示唆される。これは、東京国立近代美術館で開かれた「沖縄・プリズム1872-2008」展が、先に沖縄県立博物館・美術館で開かれた「沖縄文化の軌跡1872-2007」展と連動しているが、内地の人間によって企画されたものであることを考えるとある意味当然の帰結といえよう。
この連動していると同時に、コントラストをなす二つの展覧会の違いは、カタログそれ自体にも如実に表れていた。「沖縄・プリズム」展のカタログは、プラスティックのようでプリズムのように光を反射する黒いカバーで覆われている。その表表紙の下三分の一ほどから、凝った字体の「沖縄・プリズム1872-2008 OKINWA PRISMED」が白く浮きあがっている。B5サイズ200ページ弱、と持ち運ぶにも便利なサイズということもあるのだろうか、心弾むような軽やかさがこのカタログにはある。誤解を恐れずにいえば、非常に都会的な装丁であった。それに比べ、沖縄の方のカタログは大きくずっしりと重い。真白い表表紙には赤字で「沖縄文化の軌跡 1872-2007」と刻まれていて、東京版に比べると洒落っ気や洗練からは遠いがむしろ武骨とさえいえる清新な気合が漲っている。その表紙をひっくり返すと、裏表紙にはAサインや写真や絵画を含む沖縄文化のさまざまな側面を象徴する図像がモザイク状にちりばめられ、わたしたちを圧倒する。そして、中を開くと、沖縄県教育長の仲村守和氏の「あいさつ」(英語タイトルは”Foreword”)という文章がこの重量感の理由を説明してくれる。その「あいさつ」で仲村氏は、「本展は、1872年から現在までの沖縄文化総体を展示するもの」であり、「沖縄文化を紹介する展覧会」である、と述べる。大きさだけではなく頁数も東京のカタログの優に二倍を超えるこの重厚なカタログには、資料として、非常に詳細な沖縄近現代文化史年表や沖縄近現代文化用語集までもが付されている。また、全部で十七あるコラムには唄者から建築家まで多様な人々が文章を寄せ、その内容も染織からアイドルまでと幅広い。残念ながら筆者はこの展覧会を見ていないのだが、このカタログからだけでも十分に、「沖縄文化総体」を展覧会という形で紹介しようとした意気込みが伝わってくる。それに対して、「沖縄・プリズム」展は、その展覧会名とカタログの特徴のとおりに、生活者の視点だけではなく、外来者からの視点、その「正のエキゾティシズム」のみではなく負のエキゾティシズムも含む視点をもひっくるめて、プリズムのように乱反射する沖縄をみせてくれた。

「沖縄・プリズム」展を訪れたのは二〇〇八年十二月十六日であり、この日には展覧会関連イベントとして戯曲「人類館」が演劇集団「創造」によって上演され、著者はそちらにも足を運んだ。この舞台に込められた企画者の熱意とそこに込められた問題意識のアクチュアリティーは、この展覧会のそれらと重なり、双方への印象をより深いものにしたということを付け加えておく。
展覧会には、ルーマニア出身の留学生で一度も沖縄を訪れたことがない友人と訪れた。琉球国が琉球藩として日本に編入された一八七二年から現在までの沖縄に関する二百点を超える作品や資料を見ていると自らの沖縄体験が鮮やかに蘇り、訪れたことのある場所の写真を見てはその地にまつわる伝説を披露したり、友人の知らない沖縄の事物について説明を試みたりしながらゆったりと鑑賞した。そして、そのような鑑賞体験は、二人の異なるバックグラウンドを持つ鑑賞者が受け取ったものの違いについて考えさせ、著者に「体験するということ」への考察を促した。「体験するということ」はどのようなことであろうか。また自らの体験とそこから立ち上がってくる記憶やイメージは、その土地のステレオタイプとどのような関係にある(べきな)のだろうか。また、自らの体験と一口にいっても、耳から聞いた体験や、読んだ体験といった言語を媒介とする体験、見たものという視覚による体験、その他にもその土地で食べたものや嗅いだ空気などの視覚以外の五感による体験など、一元的には語れないものであるということを再度確認させられた。
そのように「体験するということ」への考察に鑑賞者を誘うような意図は、作品の選出や展示方法の上でも見られた。菊池契月の琉球美人の絵画を見ていたのに少し進むと太平洋戦争のプロパガンダ映画が上映されていたり、写真の隣には焼き物が鎮座していたりというように、作品の表現形態は多岐に渡り、三つの時代によって区分されたセクションに入り混じって展示されていた。鑑賞者は、次は何に出くわすのだろうと好奇心に溢れている旅人のように作品を鑑賞することができた。また、視覚芸術を中心とした展覧会であり、その見るという体験を重視するためだろうか、個々の作品に添えられた解説は必要最小限のものであったと記憶する。そのような解説の否定的な側面として、作品の中には「琉球弧を記録する会」による「島クトゥバ」を記録した映像のように個人的な記憶を刺激することによって大きな印象を残したものもあるが、美術に疎い筆者にとっては見方がわからず、カタログを参照しなければ漫然と眺めただけで終わってしまったであろうものも多かったことが挙げられよう。
先に述べたような、「沖縄体験」ならぬ「体験としての沖縄展」という意味で、照屋勇賢の「儲キティクーヨー、手紙アトカラ、銭カラドサチドー」というビデオ・インスタレーションは象徴的だった。引越ししたばかりなのか乱雑にダンボールが積みあがり、ハンバーガーを食べながらテレビでも見ていたのか、ゴミが散らかっている誰かの部屋なのか、そうでなければ地元の若者が何をするでもなくたまっている廃墟か倉庫のような空間に、数個のモニターがひっそりと点在する。そのモニターには、コンクリートで固められた小川とも呼べないような浅い水辺(実は、川底と見えるのはブルックリンの路上で、水は消火栓からの放水)に、折り紙で折られたような可愛らしい小船が流れてゆく映像が映し出されている。よく見ると、色とりどりの船には幾つものまたカラフルな国の旗がぶらさがっている。
 鑑賞者はそのような作品空間を通り抜けることによってその作品を体験し、自らの体を動かしモニターを覗き込むことによってその作品を鑑賞しなければならない。つまり、その作品をより深く味わおうとするならば、そこでは、能動的な身体の移動に加えて、空間全体を見るかモニターを注視するかという焦点の問題や、その小船の映像に何を読み込むかという解釈の問題に直面せざるをえない。逆にいうと、ただ眺めて「ふーん、船の映像か。」と通り過ぎることも可能である。もちろん、大なり小なりこれは他の全ての作品を鑑賞する場合にもあてはまるだろう。とはいえ、この作品は二次元と三次元の組み合わせで比較的広い空間を占めた作品であったことに加え、絵画や写真のようにある程度鑑賞し慣れたものではないことによって、展覧会を鑑賞するという体験と旅行者がその土地を旅行するという体験とが似通っているということを思い知らせてくれた。
解釈の面に踏み込めば、一見この作品と沖縄との関連がわからないことも意義深い。沖縄に関する展覧会であるから、私達はどうにかして沖縄との関連を読み込もうとする。このプロセスは、旅行者が、沖縄で体験した個々のエピソードをそれまでの自らの沖縄体験に照らして沖縄の文脈に位置づけようとする作業をし、その作業を通じてその人固有の沖縄像ができていく過程とよく似ている。この作品に関しては、その前に波多野哲朗の「サルサとチャンプルー Cuba/Okinawa」(ミュージアム編)という沖縄と移民をテーマにしたドキュメンタリーフィルムが展示されていたことによって、この体験の連鎖とも呼べるような沖縄像をつくりあげる思考の過程がより顕著に実感させられた。そのフィルムを見た後にはこの作品と沖縄の関連は自明の理のように浮かび上がる。流れに揺られ進んでゆく国旗を背負った小船は、戦前戦後と琉球と日本とアメリカと国の間を揺れ動いた沖縄の人々、また歴史的に多くの人々を海外に送り出してきた沖縄の人々を連想させるのである。
そのような解釈からは新たな視点が立ちあらわれてくる。ここにきて本土と沖縄という二者間の関係を問題とする二元論的な視点をはるかに超えて、世界の中の日本そして沖縄という、よりグローバルな視点が開けてくるのである。世界各国の国旗を掲げた船が流れに翻弄されたり互いに衝突したりしながらも、水の流れにのって進んでゆく。その姿は、どうしても船を人間に、流れを時の流れとする想像を掻き立てる。船はどこに流れてゆくのだろうか。沖縄について見に来たはずなのに、沖縄を見るためには世界を見なければならないという事態に気づかされる。と同時に、その見るべき世界は今や非常に複雑な様相を呈していることに目が眩むが、小船の流れるさまが軽やかでどことなく楽しげであることに救われる。しかし、グローバルな視点とグローバル化が同じではないこと、そしてそれらは必ずしも肯定できるものではない。そのようなことをも、ディスプレイのおかれている雑然と無個性な、個々の土地の持つ匂いのようなものを感じさせない空間は示していたのではないだろうか。
カタログに関して言えば、この作品の映像部分以外のインスタレーションがカタログに全く再現されていなかったことはどのように受け取るべきだろうか。カタログがおみやげものという性格を帯びている以上は展覧会が開催される前に刷り上っていなければならない。だからこの種のインスタレーションはカタログに反映されづらいという事情は納得できるが、この作品のインパクトを考えると残念であったという印象は否めない。映像作品やインスタレーションが(特に「沖縄の喚起力」と題された第三章には)かなりの数あったのだが、音や空間などの効果が大きいものや、その他にも作品の特性によっては実際の鑑賞体験と食い違う。しかし、再度考えてみると、それは身体経験の一回性やその体験の再現性といった問題を提起する。二次元に繰り広げられる図像と文字情報によるカタログと展覧会を訪れ作品を鑑賞するという体験とはどうしたって異なる。
体験するとはどういうことか。沖縄の人間として、本土の人間として、日本人として、芸術家として、生活者として、旅人として、そのような様々な位相をもつ一人の人間、その個人における記憶という次元においても、個々の人間を超えて集合的に形成され伝えられていくイメージやステレオタイプという次元においても、はたまたそのような体験を本の形における視覚情報へともう一度変換するカタログによる記録という次元においても、体験を保存するということはどのようなことなのか。そして、それらの保存された体験やあるいは現在進行形の体験をもとに、わたしたちはどのような沖縄像をつくらなければ(または、つくり続けなければ)ならないのだろうか。


[沖縄・プリズム 1872-2008 展]
東京国立近代美術館(2008年10月31日-12月21日).カタログは,東京国立近代美術館編集・発行,2008年,B5版,総頁数175頁.

[沖縄文化の軌跡 1872-2007 展]
沖縄県立博物館・美術館(2007年11月1日-2008年2月24日).カタログは,沖縄県立博物館・美術館発行,2007年,A4版,総頁数407頁.


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