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「近代文人のいとなみ」展(90号掲載)佐藤温

佐藤温
執筆時 :東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程
雑誌情報 : 『比較文學研究』90号、2007年10月、152~156ページ

 成田山書道美術館は、初詣で有名な成田山新勝寺の本堂の奥、成田山公園として整備された広大な庭園の一角に位置する。筆者自身がそうであったように、書道専門というと先入観からこぢんまりとした美術館を予想するかも知れないが、実際に現れたのは重厚かつ壮大な建物であり、中に入れば吹き抜け状の展示スペースに配された巨大な拓本(「紀泰山銘」原拓。高さ約十三メートル)が来館者を迎えてくれる。その美術館の大部分に相当する一・二階をふんだんに使って「近代文人のいとなみ」を明らかにしようというのであるから、改めて期待を強くした。
 筆者は二〇〇六年の十一月に指導教員であるロバート・キャンベル准教授とそのゼミ生を中心としたグループで見学の機会を得た。作品は順路に従って概ね明治初年代から大正頃へという時間軸に沿って配置されており、展示の序盤に目を引いたのは「山紫水明処書画会合作」と題された一幅であった。これは文人墨客との交流が深かった鳩居堂の主人、熊谷直行が明治十一年(一八七八)に主催した書画展観会の席上で制作されたもの(会場の「山紫水明処」は京都における頼山陽旧宅)で、書画を展観し、合わせて煎茶の席を設け、香を楽しんだ参加者たちは、その雅会の空気を伝える書画を紙面を分け合いながら作成した。その共同作者たる山中信天翁・板倉槐堂・江馬天江ら六名は、それぞれ社会的位相は異なるものの、いずれも十九世紀前半に生まれて書画詩文といった文人的教養を身につけ、壮年期に幕末の動乱を経て維新を迎えた、いわば前近代的要素を色濃く持つ文人たちである。本展覧会は、こうした文墨の世界に生きた人々の姿を書という媒体を中心に浮かび上がらせつつ、前近代から近代へという時代の流れの中で文人世界が変容していく様子を追うことを試みた意欲的な展示であった。
 同時期の文人たちの実態については、近年文化史的研究の方面からロバート・キャンベル氏や宮崎修多氏らによる幕末・明治初期の文人の会合や出版についての研究が為され、美術史の側からも佐藤道信氏らの研究によって前近代的文人世界が近代美術制度の中に取り込まれていく様子が明らかにされつつあるなど、徐々に活発化している。本展覧会ではそうした成果を随所で踏まえており、その一例が、文人の交流とその「場」を書以外の媒体も展示しながら多角的に浮かび上がらせようという展示方法である。本展覧会の展示の中心は壁面に掛けられた書画幅であるが、加えてガラスケースに多くの稿本や版本などが陳列されていた。例えば近代の女性南画家の代表格である野口小蘋の画稿集、「写生下図帳」もその一つである。展示では当時の文人の交流の場に不可欠であった煎茶道具の図(茶会後には道具立てを記録する図録を作成することも少なくなかった)、そして会を彩った重鎮たち(岡本黄石・川田甕江ら)の肖像の箇所が公開されており、画に留まらず書も含めた文人世界における小蘋の存在感の大きさを想像させるものとなっている。そして更に観覧者がこの画集から再び壁面に視線を移すと、そこには小蘋に肖像画を描かれた甕江の書が展示されており、文人・書家としての甕江の存在を実感する、という鑑賞のプロセスが用意されていた。
 これについて実際に鑑賞した立場から感想を述べれば、こうした展示の意図に気が付くことで人脈とジャンルが絡み合う濃厚な文人世界というものを意識させられ、そのネットワークを辿る楽しみを感じることができたという実感がある。しかし、今カタログを参照しつつ振り返ってみると、会場内ではそうした展示意図、あるいは展示が作り出すストーリーはもっと鮮明に押し出されていたほうが良かったのではないか、という感想を抱く。
 筆者の場合は日頃研究対象として幕末・明治初期の文人の動向に関心を持っており、加えて当日は本展覧会に中心的に携わった同美術館学芸員の高橋利郎氏に解説を頂きながら鑑賞するという幸運にも恵まれたため、展示された書画と文人たちの世界を結び付ける上でそれほど苦労することは無かったが、今日決して著名ではない文人たちの営為を書を中心に取り上げるという、世間的にはまだまだ認知度の低いテーマを扱う以上、例えば当時の文人たちの会合の様子やその意義などを噛み砕いて説明したキャプションを設けて鑑賞者の理解を助けるなどの配慮が、やはり不可欠なものに思われるのである。
 だが一方で、展示者は実はそうした平明な解説と展示の質のバランスについて苦慮したのではないかと感じる部分もある。それを象徴するのが木戸松菊(孝允)の書幅「瓊浦客中詩」である。この作品は特別に強調されることなく展示されていたが、恐らく作者の知名度という点では本展覧会中一・二位を争う作である。これまで文人世界を縁遠く感じていた鑑賞者にとっては、この誰もが知る維新の立役者が、実は「松菊」というあまり知られない雅号を持ち、書画や詩文を愛し、奥原晴湖や大沼枕山らと交流を持つ文人の顔を持っていた、という事実は興味を惹かれるのではないだろうか。
故に、個人的にはそうしたトピックを押し出さない展示に淡白さと説明の不足を感じていたのだが、後になって改めて考えてみると、今回の展覧会は社会的位相やジャンルを越えて形成された趣味人たちの世界を展示会場に表現すべく、敢えて個々の文人の文人世界の外での顔を必要以上に目立たせてはいないのではないかとも感じた。つまり、世の喧騒から離れた自娯の世界を書画や詩文に見出していた文人たちの世界を描き出す上で、その世界に遊ぶ文人たちを政界や教壇・文壇に無理やり引き戻すようなことをしない配慮が展示には働いていた、と言っては流石に穿ち過ぎであろうか。
この後の展示は時代を明治二十年前後に移し、同時期のメディアと文人たちの関わりを、明治十五年(一八八二)から明治二十一年(一八八八)まで存在した漢学専門書肆、鳳文館を中心に提示する。会場には大沼枕山・依田学海・小野湖山・中村敬宇ら当時の東京を中心とした諸大家の詩文書画を掲載した月刊誌『鳳文会誌』や、石川鴻斎が鳳文館から出版した画法書『画法詳論』の自筆稿本などが陳列され、合わせて関わりのある文人たちの書が展示されていたが、このように書物を通じた文人たちの発信と読者の受容という見えないネットワークをしっかりと「文人のいとなみ」として捉える感覚はやはり高く評価すべきであろう。
 この鳳文館の倒産が象徴するように、明治二十年代から三・四十年代を経るに随って、これまで見てきたような文人世界を下支えする詩文書画の素養は次第に失われていく。しかし、渡仏して洋画を学びつつも書に表現の可能性を探った中村不折や、「書ハ美術ナラス」として美術界に議論を巻き起こした小山正太郎、そして文豪夏目漱石らの書画が順路の終盤にさり気無く展示されているのを目にした時、前近代の残滓が消えつつある中で、変容しながらもしたたかに生き続ける文人世界の姿を垣間見た気がした。
 このように、本展覧会は書を美術作品として提示するのみならず、文人たちの活動や人的交流といった可視化し難いテーマを映し出す媒体として取り上げた点で画期的なものであったが、そのカタログ『近代文人のいとなみ』にもそうした姿勢が随所に反映されている。
本カタログはA5版より少し大きい程度の手になじみやすいサイズで、ほぼ一ページに一作品ずつ作品写真と解説が配されている。小振りな書型ゆえ作品を大判で掲載することはできない(縦長の作品の場合、縦は約十八センチ程度に統一)が、その分一ページに一つの図版をゆったりと配置して傍に解説を付すことによって、作品成立の背景や作者の略歴など鑑賞に必要な情報を即時的に得られるような配慮が為されている。加えて、カタログ全体が展覧会の展示に沿った四章から成り、各章ごとに作品とそれに関わる論考をまとめた構成を採っていることにも窺われるように、本カタログは図録として「見る」と同時に研究入門書として「読む」ことを意識した作りとなっているのだが、その読み応えを支えているのが計七編に及ぶ以下の論考である。
「「書画」の近代」ロバート・キャンベル
「野口小蘋と文人たちの交流」平林彰
「近代文人の住まい―西園寺公望の文人趣味と別荘・坐漁荘」土屋和男
「憧れの文人画家―王建章をめぐる賞玩のいとなみ」小林優子
「煎茶趣味と書画文玩の鑑賞」西嶋慎一
「近代文人とそのいとなみ」高橋利郎
「心目を遊ばす詩書画の世界」永由徳夫
まず冒頭でキャンベル氏は、近代が文人たちにもたらした変化を、彼らの書画を見る「眼」を通して論じる。「スロールッキング」を理想とした前近代の書画鑑賞が、日々の公務に追われ、あるいは書画そのものが日々の公務と結びついていく近代文人たちの中で「余暇」へと収斂していく姿を文人たちの遺したテクストから取り上げた本稿は、前近代から不変なようであって実は確実に変容を迫られていく近代文人たちの世界へと読者を誘う導入部として効果的な役割を果たしている。
 続く平林氏の論文は、先述の野口小蘋が当時の文人サークルにおいて果たした役割や、その周囲を取り巻く文人・パトロンたちとの関係について検討を行ったもので、社会的位相や専門ジャンルの異なる文人たちを結びつけるキーパーソンとしての小蘋像を示している。ちなみに本カタログの表紙は跡見玉枝が明治二十六年(一八九三)に描いた「須永元送別会の図」を全面に配しているのだが、席上で談笑しあるいは揮毫し合う送別会出席者たち(石川鴻斎・巌谷一六・川田甕江・三島中洲ら)に交じって、画中には扇面を前に筆を取りつつ端座する小蘋の姿も見られ、本論文の取り上げる世界を髣髴とさせるものである点も付け加えておきたい。
 また、注目すべきは近代の文人たちの遊ぶ空間そのものである住まいに注目した土屋氏の論考が用意されている点である。建築史を専門とする氏は、小さく隠れたたたずまいの中に三保の松原と清見潟を一面に望む座敷をしつらえた西園寺公望の別荘・坐漁荘を紹介しながら、日常の激務を離れて自ら画中の人となりつつ自娯の世界を楽しんだ近代文人の姿をその建物の構造や配置に目を配りながら論じており、文化史や美術史とは一味違ったアプローチで文人たちの動向を検討する可能性を示している点で、近年の建築史の研究動向とあわせて興味深い一編となっている。
 小林氏の論文は幕末から昭和初期にかけて日本で称揚されていた画家王建章を扱ったもので、今日殆ど知られることのないこの明末清初の画家が、近代日本においては茗讌(煎茶会)の場で文人たちによってさかんに賞玩されていたことを記録や作品の箱書にも触れながら示している。この煎茶会は当時の文人たちにとっての重要な交流の場であり(先に紹介した「山紫水明処書画会合作」の作成された場でもやはり煎茶が会を彩っていた)、そこには中国風の室内装飾が施され、中国渡来の道具が珍重されるという小中華世界が広がっていた。続く西嶋氏の論文はこの世界こそが近代文人のいとなみの源泉たることを論じながら、珍重される作品に勤王運動・王政復古・維新といった時勢の反映を読み取りつつ、清朝の解体とともに中華趣味そのものが衰退していくまでを描いており、文人世界が近代化の中でたどった道筋をその会合の席上から読み取っている。
 そして、総括にあたる高橋氏の論文は、詩書画の混沌とした文人世界、文人を結び付ける場としての煎茶会とそこで流行した中国趣味、それを記録・発信する出版物において肉筆版下が果たした「場」の再現性、といったトピックに再度触れながら、詩文書画の三者が入り組んだ近代文人世界を包括的に捉える試みの重要性を改めて強調している。
 また、本カタログには掲載全作品の釈文・訓読を巻末に付すという、一見地味ながらも鑑賞・研究の上で非常に有益な配慮が為されているのだが、その作業を担当した永由氏は最後に近代文人たちの作品に共通する志向として超俗的なものへの憧れを見出しながら、詩書画を器用に操りつつそこに安逸の世界を作り出そうとしていた文人たちの姿を見ている。尚、この釈文・訓読に見られる丁寧な姿勢は、他にも作品解説・作者略歴などの基本的な部分で共通しており好感が持たれるが、展覧会と同時に単行本として出版されていることと合わせて、本カタログはまだまとまった研究の少ない近代文人研究への入門編として最適であると言えよう。
以上、カタログを一通り見渡してみると、それぞれの取り上げる題材は文人たちの遺したテクストや書画であったり、彼らのいとなみの中で賞玩される書画や茶道具であったり、あるいはそのいとなみの行われた場そのものであったりと多岐にわたっている。このことからも、本展覧会とカタログが書を中心としつつも、文人たちの人脈・交流の場とその形態といったトピックに目を配りながら、前近代から近代にかけて変容していく文人の世界を総合的に描き出そうとする配慮を怠っていなかったことが改めて窺われる。そうした意味で、既存の人物やジャンル、時代による縦割りではなかなか描き切れない文人たちの姿を立体的に捉えようとする近年の文人研究の流れを一層推進する展覧会であったと考えられ、今後の同美術館の動向には大いに期待したいと思っている。


[展覧会およびカタログ・データ]
「近代文人のいとなみ」展
成田山書道美術館(二〇〇六年十一月三日~十二月二十三日)。カタログは成田山書道美術館監修、淡交社発行、二〇〇六年、総頁数二〇七。ISBN4―473―03374―0。