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『イメージの迷宮に棲む 柄澤斎展』――「一冊の本」としての展覧会、そして「一冊の本」の記憶としての展覧会カタログ(90号掲載)安藤智子

安藤智子
執筆時 :東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程
雑誌情報 : 『比較文學研究』90号、2007年10月、146~152ページ

木口木版画の第一人者である柄澤斎氏の1971年から現在に至るまでの回顧展が、2006年7月から栃木県立美術館で、続いて10月から鎌倉の神奈川近代美術館で開かれた。栃木では「宙空の輪舞(ロンド)」と、鎌倉では「イメージの迷宮に棲む」とそれぞれの展覧会にタイトルが付けられていた。

柄澤氏は、これまでの創作活動の集大成である、この展覧会開催にあたって、雑誌のインタビューのなかで次ぎのように語っている。
「とにかく一冊の本でありたい。最終的に柄澤斎は本を作っていたんだと。つまり、いろんな形のものを、読めるような本、ストーリーを辿れるような本として、作っていたと最終的に見られればいいわけで、だから、今度の展覧会というのも回顧展という、そういう意味がすごくあるわけです。一冊の本としての美術展というか個展というかな」(1)
 つまり柄澤氏は、私たちの視覚に訴える「美術」の展覧会を、人が手にしてページをめくりながら、ストーリーを読み解き、それを味わっていく「書物」や「本」に重ね合わせるのだ。このような作家のコンセプトは、キュレーターを介し、展覧会に、そして展覧会カタログにどのように現れ得るのであろうか。
 そこで私は、展覧会が「一冊の本」であるという意味を重層的に捉えることを試みながら、「一冊の本」の記憶としての展覧会カタログを語りたいと思う。

柄澤斎氏は、何よりもまず「木口木版画」の作家である。「木口木版画」とは、通常の浮世絵などに代表される板目木版画とは異なり、目が詰まっていて硬質な黄楊や椿の木を横に輪切りにして版木とし、鋭利な小型の彫刻刀、ビュランによって細密な線を彫り込む版画の技法である。18世紀のイギリスにおいて実用化され、19世紀にはヨーロッパにおいて活字と共に印刷することが可能なために、書物の挿絵として愛好されるが、その後写真製版にその役割をとって代わられる。例えば展示されていた肖像画の一枚を見ると、ガラスが砕け散り、その無数の破片が舞う、一瞬の煌きを放つ時空に、何かを無表情で見つめるボードレールがいる。広い額、ガラス玉のような瞳、真一文字に結ばれた薄い唇が特徴的である。背景や陰影、そして髪の毛、顔面の皮膚、着衣、ガラスの破片の断面には、ルーペを必要とするほどの無数の極細の線刻が覆いつくしている。硬い黄楊の版木を細く彫り進めた線刻から、静的な画面に、作家の身体運動のリズムと息遣いが伝わってくる。その小さな紙面には、いつも目にするボードレールの面相というよりも、その奥に潜む破滅的で鋭利な感性が凝縮されている。
展示されている作品は、木口木版画、リーヴル・オブジェと呼ばれるコラージュによるオブジェ、水彩・素描画、墨の作品、そして本の装丁、装画、挿絵という多岐に渡るが、柄澤氏の仕事の基調にあるのは木口木版画である。私に限らず、柄澤氏の版画と遭遇した人は誰しも、その鮮烈でかつ豊潤なイメージと作家のヴィジョンの大きさに圧倒されたのではないだろうか。わずか10~20センチ四方の木版画が創造する漆黒の世界は、広大無限の宇宙、生命の神秘、叡智の蓄積、死との親密さと死への畏怖というような、あらゆるものを内包し、開示している。

柄澤氏は、1870年の日和崎尊夫氏の個展で木口木版画と出会い、これを自身の表現手段であると決め、日和崎氏を師として制作を始めている。師は陰刻(彫られた線が白く浮き上がる)を用いたが、柄澤氏はそれを踏襲せず、木版画の従来の方法である陽刻(彫り残された凸状の線が黒く刷られる)を選択している。
キリスト教の宗教観を映した『贖罪領』、暗闇で「メメント・モリ(死を想え)」と女性が密やかにささやく版画から始まり、一篇の抒情詩を織り成す『死と変容』のシリーズ、先のボードレールやランボー、ゴヤやブレダンなど西洋の詩人、画家、音楽家、そして中国や日本の歴史上の人物を表した肖像画のシリーズなどの柄澤氏の木版画は、文学から題材を借用している、また文学の色彩を帯びているという意味ではなく、「文学」と根源的に結ばれていることによって「文学的」である。次のような柄澤氏の言説をからも、制作過程における文学との密接な関係がうかがえる。
「言葉が絵に導かれ、絵が言葉に触発されるスリリングな制作過程は、私達に知への新たな開示をもたらしてくれて倦むことはない。精錬された紙質と印刷技術、念入りに仕上げられた造本の上で個々の仕事が一体となる時、詩は眼で見る版画であり、版画は眼で読む詩でもある。」(2)
このような版画における「言葉と視覚の関係」についての明確な指針は、「他の美術作品とは違い、完成された画面以前に翻訳されるべき世界のヴィジョンがある」(3)と断言しているように、版画の「翻訳」機能 という柄澤氏の考え方にも通底している。そもそも木口木版画の出自は、事件や出来事を伝える新聞の挿絵や、博物図鑑で解説される挿図であったのだが、現代においてその状況は様変わりをしていることに、柄澤氏は気付いていて、
「版画は版画というひとつの文化史的体系であって、触覚にかかわる形式のもので、美術ともリンクするけど、美術でない部分もたっぷりもっている。だけどそういうところにみんな意識がいかない」(4)
と「版画」について述べている。先に挙げた「死と変容」の木口木版画のシリーズについて、カタログの解説では、「初期からのテーマである遥かな宇宙空間への憧れ、人間の内面の欲望と葛藤、死の誘惑、そうしたいっさいを押し流す洪水などのイメージを連作によって展開させ、一篇の叙事詩のような豊潤なストーリーに結実させたものである」(5)とある。西洋伝統の根幹をなすキリスト教のテーマから自身の想像力を飛翔させ、深遠で広大なイメージを作り出す柄澤氏の創作は、例えばシュルレアリスムの作家たちが、イメージの突発的な現出や、全く異質なモチーフの並置によってわれわれの感覚を揺さぶる手法とは違っていて、まさしく文化史的体系と呼ぶべき叡智と思索の蓄積を濃厚に打ち出している。それらの文化史的体系のヴィジョンが結晶化した世界を私たちは柄澤氏の版画に見ているのだ。「文化史的体系」の翻訳は、肖像画のシリーズにおいても遺憾なく披露されているのであり、われわれが仰ぎ見る巨星たちは柄澤氏自身が理解し解釈した、まさしく「翻訳」されたコンテクストによって私たちに語られるのである。私は柄澤氏が芸術家たちを捉える、その知識の深さと洞察力、そしてそこから立ち上がる表現力に感じ入った。

このように「文化史的体系」である版画を一枚ずつ構成したのが、「一冊の本」としての展覧会である。私は、鎌倉での展覧会を見る機会を得たのであるが、柄澤氏の数多く作品を選抜し構成するキュレーターの水沢氏は、本の編集者であり、ストーリーを組み立てて、鑑賞者を展示空間に誘い込んでいる。私は、まさに展覧会のタイトルのとおり、「イメージの迷宮」に掬い取られたわけである。
そして栃木と鎌倉の会場での二つの展示は、同じ作品を扱っていても、違ったタイトルが付されているように、単なる巡回展ではなく、全く別の企図を持つ単独の展覧会として成立していることは興味深い。各々の展覧会の企画者のカタログ巻頭論文にも、展覧会の持つ意義、及び作品へのアプローチの仕方の違いがわかるであろう。栃木の学芸員、小勝氏は、柄澤氏の仕事を時系列的に網羅し、それを過去の展覧会の系譜のなかで位置づけ、版画の歴史とパラレルに語るという美術史家としての視点を明らかにしているし、一方鎌倉の学芸員である水沢氏は、自身の柄澤論を展開し、柄澤氏の版画が持つ世界の総体的な再現を主眼に置いている。
神奈川県立近代美術館の展示のあらましは、展示室1に木口木版画、展示室2にリーヴル・オブジェ(6)、庭を臨む半屋外の彫刻室に版画集『方丈記』と「Trans」と題された大きなオブジェ、そして柄澤氏愛用の道具であるビュランと版木があった。さらに、展示室3の天井の高い大きな空間には大きなサイズのモノタイプ(7)と墨の作品、展示室3から階段を昇った小さな空間には版画挿絵を含む装丁本の数々が陳列されていた。
のちほど水沢氏から次ぎのことを伺った。年代ものの羊皮紙や自然界の貝や鉱石、ぜんまい、歯車のコラージュによるオブジェが並んでいる展示室2は、オブジェの林で昆虫採集をするように見立てられている。それから、庭の池の水面が迫り、水面に浮かんでいるような彫刻室には、師である日和崎氏の死を機に、日本的なミニマリズムと精巧な技法により、柄澤氏が新境地を見せた『方丈記』が展示されているが、それらの版画は池の水面から上がる湿潤を含みながら鑑賞されることが期待されている。さらにその隣には、間近の水面に漕ぎ出て行く佇まいの船を模った「Trans」が展示されているという具合である。
展示室から展示室へと足を運び、本を読み進めて行くように、空間と作品が紡ぎだす物語である、柄澤氏の芸術世界の全体を、私たちは身体の五感全てによって受け取ることができる。

では、展示全体がストーリーを秘め「一冊の本」となっている展覧会は、カタログによってどのように表現されているのであろうか。
第一にこのカタログにおいて特筆するべきは、オリジナルの版画が収められているということである。作家自身がこの展覧会のカタログのために、一枚一枚刷り上げた、その一枚が私たちの手元に届くわけである。漆黒の表紙をめくった扉に、オリジナル版画が半透明の薄紙で包まれていて、その薄紙を開くと、ややクリーム色がかった紙に刷られた版画が現れ、作家のサインが添えられている。この版画によって展覧会で見た、数々の版画を思い出すだけではなく、実際に版画に「触れる」ことに大きな意味があるのだ。もともと木版画は本という形で制作され、本のページをめくる、また挿入された版画を触るという行為が伴って愛好されてきたのであり、木版画を鑑賞することは、建物の壁に(展覧会場であろうと教会であろうと)タブローを掛けて見ることとは全く異質の行為であることが、改めてわかる。先述したように、版画は「触覚にかかわる形式のもの」という柄澤氏のメッセージが、このオリジナル版画によって具現化されている。さらにこのオリジナル版画は、作品と私たち、そして作家と私たちの隔たりを一挙に縮めて、アンティームな雰囲気を醸し出し、展覧会の記憶を呼び覚ます触媒となる。
版画が私たちの「触覚」に訴えかけるものであることは、展示内容にも含意されていた。作家が実際に使っている道具、版木、ビュラン、アビニオン・プレス(19世紀の印刷機)が展示されているとともに、ビデオや柄澤氏自身のデモンストレーションによって木版画が刷り上るところを来館者が見る機会を設定している。また展覧会を告知するチラシの色黒の写真には、プレス機の台、台の上に置かれた版木、刷り上ったばかりの紙、そしてその紙を持つ作家の手が写し出されており、連続した制作工程が語られている。紙や道具を通して作家の手による仕事を理解することが、作品に触れる感覚を呼び起こし、木版画が出現する神秘を手繰っていく端緒になると感じた。
続けてカタログのページをめくると、巻頭の挨拶の後に、茅ヶ崎のアトリエでこちらを見ている柄澤氏の写真が掲載されており、オリジナル版画の作者である展覧会の主人公が現れる。その後には、神奈川県立近代美術館館長山梨氏による「イメージの血統―柄澤斎の仕事」と題された柄澤氏の仕事の紹介があり、そのあとに、先に言及したとおり、展覧会の企図を表明する小勝氏と水沢氏の論文が並ぶ。それから、作品が、木口木版画、コラージュ・モノタイプ、リーヴル・オブジェ、水彩・素描(細密画)、墨の作品、装丁・装画・挿絵という七つの手法によってカテゴリー分けされ、それぞれのジャンルについての解説がなされている。個々の作品には、タイトル、英文タイトル、制作年、制作手法、サイズ、これまでの展覧会暦、所蔵先など緻密で十分な情報が控えめに付与されてはいるが、各々の作品は叙述されてはいない。というのも、作品そのものが書物として物語を私たちに伝えているので、紙の上に表象された世界をまた別の人の言葉によってもう一度なぞることは鑑賞の妨げとなるためであろう。
そして数々の作品が紹介された後には、柄澤氏による「「城」にて」という物語が掲載されている。柄澤氏は、下野文学大賞を受賞したミステリー小説『ロンド』(2002年)の作者としても知られており、「言葉」によっても世界を表現し得る作家なのである。「男が星に向けて旅立つ。」という文から始まる、黒地に白い文字が浮き上がる見開き4ページの文章が、柄澤氏の版画の世界を鏡のように映し出し、さらにこのテキストの言葉と物語が彼の芸術観、人生観を投影しているために、ふたたび読者は柄澤氏の世界に惹き込まれる仕掛けになっている。
さらに巻末に、長門氏によって編纂された年譜、展覧会暦、参考文献は、今後の学術的な研究の一助となる完成度の高い資料に仕上がっている。とりわけ年譜においては、年ごとの出来事や展覧会などの柄澤氏の業績に加え、同年の柄澤氏の言葉が挿入されていることが特徴的である。その年の仕事と直接関わる、雑誌の記事や著書の一部が抜粋されて編まれているわけである。この長門氏のご苦労は大変なものであったろうと拝察するが、このような年譜は「言葉」を語る作家である柄澤氏の世界をさらに印象づけたのみならず、このカタログが、最後のページまで読者を惹きつける良質な「一冊の本」であることに大きく寄与している。ただ、巻頭の論文や作品解説、そして柄澤氏のテキストの英訳が巻末に付与されているにもかかわらず、この年譜の英訳がないことは、残念でならない。
そして、このカタログの図版は、これも水沢氏によると、版画の白地の部分がモアレを起こさないよう何度も試行した上で、4色オフセットで印刷されているとのことで、版画をできるだけオリジナルに近い状態で見せる努力が払われている。また、カタログ全編にわたって、論文や巻末の資料で引用された展示作品については、読者が参照するための作品番号が付いているという点にも、主催者側の配慮が感じられる。

以上のように「一冊の本」としてのカタログを見てきた訳であるが、この展覧会のカタログは、回顧展をそのまま写すという「記録」よりむしろ、私たちがその場で柄澤氏の作品を鑑賞し感じて考えることから生まれた「記憶」をとどめている。版画を「見る」「触れる」「読む」という行為を、自然と促すこのカタログは、私たちの五感を刺激し、さらに作品との、また作家との隔たりを消失させ、展覧会の記憶を覚醒する。
さらに重要なことは、展覧会、カタログ、そして鑑賞者との関係性を問うこの企てが、版画の本質に纏わる柄澤氏の芸術観を色濃く、そして忠実に反映していることである。柄澤氏にとって、版画も展覧会も「一冊の本」であり、「読まれるべき」ものであり、そして「触覚という形式にかかわるもの」であることを提起している。
この展覧会によって改めて「版画」を体験したことで、版画を研究する者は、その研究方法を慎重に検討しなければならないことを確認した。時にして、「テキスト」と「イメージ」の関係性を認めつつもそれらを切り離し、視覚イメージに特化して分析を進めることは、版画本来の姿を見失う危険性を孕んでいる。

『柄澤展』のカタログは、鑑賞者一人一人に親密に語りかけることができる版画という芸術ジャンルの本質が、展覧会カタログの在り方に結実している見事な例である。そして私の展覧会カタログ評が、この展覧会に訪れた一人としての証言の記となれば幸いである。


(1)『ギャラリー』Vol256、2006年8月。
(2)『柄澤斎展 版画、オブジェ、水彩、本 1971-2006』栃木県立美術館(2006年7月16日-9月3日)、神奈川県立近代美術館 鎌倉(2006年10月28日-12月24日)、193ページ。<以下『柄澤斎展』と表記。>(柄澤斎「版画を読む」、『版画藝術』No.53、1986年より抜粋された箇所。)
(3)『版画芸術』No.132、2006年、43ページ。
(4)『ギャラリー』Vol256、2006年8月。
(5)『柄澤斎展』41ページ。
(6)「リーヴル・オブジェとは、「文字どおり西洋の古書の「表紙」を素材として、そこに革や博物図版、古地図などを貼り込み、額装された「本の標本」のようなもので、柄澤はこれを「リーヴル・コラージュ」と称した。」というリーヴル・コラージュと、貝殻や鉱物、動物の骨、歯車やぜんまいなど博物館の収蔵庫に眠っていた雑多なものを作家自身の手で収集し、それらをなど標本箱の中に構成するボックス・オブジェの総称であると思われる。」(『柄澤斎展』147ページ。)
(7)「ふつうモノタイプとは版から一枚だけ刷られた版画を言うが、柄澤の手法は、まず緑がかった黒の版画用インクをゴムローラーで紙に盛り、木口の版木に押し付けて型取りした練りゴムを部分的な版とし、インクが乾かないうちにそれを何回も押しつけてかたちをつくるというものである。黒緑色の闇のなかからぼんやりとしたイメージが掬いだされる。」(『柄澤斎展』129ページ。)