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「マンダラ展――チベット・ネパールの仏たち」(89号掲載)手島 崇裕

手島 崇裕
執筆時 :東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程
雑誌情報 : 『比較文學研究』89号、2007年5月、205~209ページ


 「マンダラ展――チベット・ネパールの仏たち」の会場で、まず「出品目録」のコピーを手にとった。出品物の製作年代に目がとまった。ほぼ全て二十世紀で、全百三十四点のうち十九世紀に遡るものはわずか一例(日本の常楽寺・両界マンダラ)である。古美術品的価値をまとい、数百年の歴史を経た掛け値なしの優品として陳列され、人だかりの山を築くような「宝物」はない。埼玉県立近代美術館で開催された本展は、国立民族学博物館が二〇〇三年に開催した同名展覧会の巡回展であり、同博物館所蔵の資料が中心となるのだが、それでも美術史的・宗教史的価値の定まった何らかのものを、そのまま持ち込んだり、写真パネルを用いたりして、展示文脈に組み込むことはできたはずだ。それを全面的に排した姿勢は、従来型の仏教関連展覧会に見る国内外マンダラの位置づけや展示方法と一線を画す。
 マンダラ(曼荼羅、まんだら)という日本語からは、複雑な諸要素が絡み合い、森羅万象を包み込むようなカオス的な匂いが感じられる。宗教画としてのマンダラも、同じく神秘のヴェールに覆われたものと見てしまう。だが、専門性と学際化のバランスを意識した研究活動を精力的に進めている仏教学者、立川武蔵氏の企画・監修になる本展覧会を通じ、右の日本的マンダラ観は相対化される。鑑賞し愛でるのではなく科学的に解体・分析し、観者とともに構造や機能を探ることによって、「マンダラとは何か」を解明し、さらにはマンダラの現代的意義を探ろうとするもくろみが本展にはあるのだ。
 マンダラとは何か。行論の便宜上、先に触れておこう。立川氏を筆頭とする本展カタログの執筆者によると、マンダラは「必要不可欠な要素のみから構成されていて、しかもそれ単独で存在する、閉じられた世界」(正木晃氏、一〇七頁、以下頁数は全てカタログのもの)で、「秩序化された空間であり、それゆえ「コスモス」とよぶことができる」(森雅秀氏、六一頁)。日本的マンダラ観とは相容れない定義がなされる。このようなマンダラは、「世界(宇宙)の縮図であり、同時に自己の心の図」(立川氏、一一頁)であり、修行者はマンダラ図を眼前に、「「仏たちの世界」への合一にかける」(同氏、同頁)。また後期密教のマンダラは、行者が悟りを目指し「性的ヨーガをおこなう場所」(野口圭也氏、八一頁)ともなる。つまりマンダラの、聖なる世界(宇宙)を創造する設計図となり、その世界と一体化する舞台装置となる性質こそが、密教・仏教という宗教的枠組みを越える可能性を持つことになるのだろう。だからこそ、例えば「自然と人間を含む世界が生命体であるという側面を重視し、その生命活動の目的をも視野に入れた「あたらしい自然学」(中略)の誕生に対して、マンダラは重要なヒント」(立川氏、一四頁)になるのだと思われる。
 展覧会場は大別すると二部構成である。第一部「仏教のパンテオン」では、マンダラ画の内外にまします仏・菩薩・神などの像やタンカ(仏画)を大量展示し、各々の宗教的属性を「おさらい」していく。仏像展の愛好者にとっても、仏カテゴリーに入る「ヘールカ」の仏たちが妃を抱き(二〇~二五頁)、「女神」であるヨーギニーが頭蓋骨の杯で血を飲まんとする姿(三七頁)は、まず異様に感じられるだろう。だが、このなやましさやおどろおどろしさも、簡潔なパネル解説とともに仏神一体一体と真正面から向き合い、裏面まで眺め回すうちに次第に消え去っていく。彼らには彼らなりの役割やご利益があるのだ。
 しかし一方で、「出品目録」を見た際から気になっていたことでもあるが、二十世紀生まれの神仏たちの背後に見え隠れする「ふるさと」、チベット仏教の全体像について情報が欲しいとの思いが次第に強くなった。「出品目録」によると、全出品物のうち、チベット(中華人民共和国チベット自治区)収集のものはわずか十二例しかない。かたやネパールは六十例。また、モンゴル十五、ブータン十三、そして仏教は十三世紀に絶えたはずのインドからは二十六品も収集されている。冷静に考えてみれば、モンゴルがチベット仏教に果たした歴史的役割は大きい。ブータンの国教はチベット仏教の一派だ。インドは、チベット人仏教徒たちの亡命先の一つだからか――また帰宅して調べると、有名なチベット仏教寺院アルチ寺のあるラダック地方はインド領だった。つまり収集地の分散傾向は、チベット仏教の過去―現在における広がりを示しているのだ。さらに、一面でチベット仏教圏内にあるネパールがややこしい。カトマンドゥ盆地を中心に、原住民族ネワール人を担い手とした小勢力だが、チベット仏教とは明確に区別されるネワール仏教――カースト制度を受容しつつもサンスクリット語の仏典を今に伝える在家的仏教――が息づいている。すると、ネパールで製作・収集された展示品は、ネワール仏教のものか、それともチベット仏教のものか。さらなる疑問がわく。
 展示会場には、チベット仏教(やネワール仏教)の歴史と今をそれなりに概説する地図やボードが見当たらなかった。パネルや「出品目録」にモンゴルやインドという文字を見つけるたび、戸惑いを覚える観客がいなかっただろうか。「チベット・ネパールの仏たち」という副題がしっかり像を結ぶような概説パネルが一つあるとよかった。
 ついで第二部「仏たちの住む宮殿」へ足を踏み入れる。はじめの展示空間一区画を使い、日本でもおなじみ金剛界マンダラの「宮殿」内部を立体的に「再現」する試みがなされていた。大日如来を中央に、天井からワイヤーで仏尊の画像が吊るされる。金剛界マンダラの中を、まるで瞑想中の行者になったかのように漂う感覚。「「仏たちの世界」への合一」を軽く疑似体験し、頭を切り換えることができた。
 会場には、須弥山マンダラ(一二~一三頁)という三次元マンダラを含め、オーソドックスな金剛界マンダラや珍しいブッダ・マンダラ(六八頁)など様々なマンダラが展示される。さらに、本来菩薩である文殊が中尊という点でも特徴的な法界語自在マンダラを「解体」し、登場する仏神を全て数え上げるという試みもある。神秘のヴェールはどこまでもはがされていく。
 面白かったのは、空海や天台入唐僧請来の系譜を引く両部曼荼羅を紹介した日本密教ブースが、オプション・コースとも看做しうる奥まった一区画にまとまっていた点である。これが埼玉県立近代美術館のみの粋な試みなのかは定かではないが、日本マンダラに必要以上の価値を置かないということを知らしめる心憎い展示構成により、複数の視点を強要され混乱することなどなく、一貫した目線で見学を進めることができた。
 見学路の最後に用意されていた「体験コーナー」では、立体空間の平面的投影がマンダラであることを説明する模型が秀逸であった(六一頁の図五を模型化)。上から覗き込むと、おなじみのマンダラ画に見える。ここで多少の不満をいえば、マンダラのある種の立体感覚はこの模型で捉えられたものの、修行者が瞑想のはて思い描くパンテオンの内部構造や主尊―各尊の配置関係については、金剛界マンダラ「再現」にはじまる第二部の展示を見終えた後でも容易く想像することはできない。イメージ形成に役立つだろう立体マンダラ(六五頁)やペーパークラフトマンダラ(七八頁)が巡回してこなかったことが、残念でならなかった。
 また、日本のマンダラを見慣れていると意外にも感じられるが、会場で見るマンダラは円形である。神々の宮殿を囲む外円は、いわば宇宙の外枠であり、インド的宇宙観は閉じている。他方日本の金剛界マンダラには外円がない。これは、空海の時代より後にインド密教の宇宙観が展開したからか、あるいはマンダラが中国仏教へ導入される過程で外枠が省略された可能性などが考えられよう。つまり、マンダラの性質や世界観は、背景となる歴史または文化の中で変容と発展を続けるものであることがわかる。この点からも、マンダラに現代的意義を問うという見方は妥当性を持つといえる。線画マンダラに色を塗ることで自らの内面を探る「塗り絵マンダラ」が、同コーナーにて人気を博していた。「密教修行におけるマンダラの効用のひとつは、いったん意図的に解体された心身を、再統合するための、いわば霊的な装置として機能させること」(一一〇頁)とする正木氏によれば、マンダラには「時代と地域を超えて、心身状況の改善に役立つ可能性」(同頁)がある。右の問いの一環としての、ユニークな試みである。
 さて、本展のカタログに目を転じよう。二頁によれば、同書は正式には国立民族学博物館で二〇〇三年に開催された同名展覧会の「解説書」である。中身は、展示品全ての写真や個別情報を網羅するわけではない。また、「資料データ」が提供する情報も十分とはいいがたい。だが、出品物は古美術品でも純粋な芸術作品でもなかった。極端にいえばカトマンドゥでお土産に買う仏像やタンカ、マンダラと性格はあまり変わらないわけである。であるから、むしろ一般的図録のように全展示品を網羅詳解したところで、展覧会の意義や価値を「解説」することにはならないのだ。
 その中身は、前置きに加え、「Ⅰマンダラの仏たち」、「Ⅱマンダラとは何か」、「Ⅲマンダラの構造」、「Ⅳマンダラの儀礼」、「Ⅴマンダラと現代」の五部構成をとり、計十編の論文が収載される。複数の著者による論文の集合体でありながら、通読していくことで、展覧会を追体験しつつ、その目指すところを読者に伝えんとする構成である。Ⅰは展示第一部とも対応し、マンダラの中で出会う仏神の図版付き概説ともなる。展示第二部に対応するⅡ以降も、出品物の写真が各論にて挿入図の役割を果たすなど展覧会と有機的にリンクし、「見応え」のあるマンダラ概説が並んだ(1)。
 感想としては、Ⅳがやや物足りない。会場では、マンダラを用いた信仰の実情、特にマンダラと対峙する人的要素への配慮が不足していると感じた。その補足はⅣでなされるべきだろう。ただし、伊藤真樹子氏「法界語自在マンダラの儀礼」が紹介する、二〇〇一年七月~八月に執り行われた「ダルマダートゥ・ヴラタ」というマンダラ供養儀礼は、僧侶カーストの指導を伴うとはいえ、ネワール仏教の在家信者主体の儀礼である。また、Ⅳにはチベット仏教に関する論考はそもそも収載されない。だが、Ⅳ以外に含まれる論考には、インド仏教や両仏教で行われたマンダラを用いての儀式や実践が、文献などに基づき紹介されている箇所がいくつか見られる。両仏教の現状調査には限界があるだろうから、やはり文献・史料からの復元といった手法でも構わない。「マンダラの儀礼」の次元にとどまらず、できればマンダラを観想・作製し、自ら瞑想状態に入り、聖なる世界との「合一にかけ」る行者の修行レベルまで掘り下げた、マンダラと人間との格闘の実相に迫る専論が欲しかった。
 ともあれ、私はこの「解説書」は、適度な専門性を保ちつつヴィジュアル面も充実した各論の内容、分担執筆のため議論の方向性に偏りがないこと、そして何より見やすい大きさに薄さと軽さ、といった点で、これまでにないマンダラ入門書と看做しうると考えている(2)。一点だけ、展覧会・カタログ全体の参考文献リストがないのが残念である。「解説書」としての性格上、文献リストも網羅的なものより簡単なものがいい(3)。「マンダラとは何か」を探究する姿勢が、本展を通じ我々観者に伝わったとしよう。そうしたとき、書店や図書館の書棚には関連書籍が玉石混交して並んでいる。マンダラやチベット仏教は現代にも息づいているがゆえに、ある種の危険性がそこには潜んでいよう。マンダラとその文化的背景について、客観的目線を保ちつつ自主勉強するにふさわしい道標を我々に示すことが必要ではなかったか。
 繰り返すが、画期的かつ魅惑的な展覧会であった。マンダラの科学的解剖が、チベット仏教圏以外に唯一インド以来の密教を今に伝え、かつ異なる方向性に「マンダラ」を展開させてきた日本において行われたことの意義も、改めて考えてみなければならない。いずれにせよ、本展が、今後マンダラを扱うことになる諸展覧会の一つの指標として無視できない存在となったことは間違いなかろう。
 なお最後に、私の能力不足により、美術館(埼玉県立美術館)で本展が催された意義に言及することができなかった点をお詫びしたい。同館の大越久子氏によると、「マンダラのような宇宙観をイメージする力は、万物の神秘を探ろうとする芸術の本質、ひいては人間の生き方とも結びついて」おり、「マンダラには、同時代の文化として日常生活(あるいは美術館)に斬りこみ、人々の心に響く造形の価値とはなにかという基本的な問いを突きつける強さがある」(4)。このような目線から、私も今一度カタログを愉しむことにしたい。


(1)一方、一九九二年にチューリッヒ大学民族学博物館で開催されたMandala-Der Heilige Kreis im tantrischen Buddhismus は本マンダラ展と似た性格を持つ展覧会だったと思われるが、開催にあわせ刊行されたMartin Brauen, Das mandala: Der Heilige Kreis im tantrischen Buddhismus,koln:DuMont,1992は、単独著者の執筆になり、かつマンダラの機能や構造、意味を、カーラチャクラ・マンダラ一種に絞って解き明かそうとする。つまり今回のマンダラ展や「解説書」と好対照をなす性格を持ち、対比する価値がある。原著より縮版され、写真など多少略されているものの、英訳をはさみ日本語にも訳された(マルティン・ブラウエン『図説 曼荼羅大全――チベット仏教の神秘』(森雅秀訳、東洋書林、二〇〇二年))。
(2)マンダラ関連書籍は昨今多数刊行されている。必読文献を一冊挙げるなら、多少専門的ではあるが、田中公明『曼荼羅イコノロジー』(平河出版社、一九八七年)となろう。
(3)近年の関連書籍を例にとると、正木晃『知の教科書 密教』(講談社、二〇〇四年)第五章のように、簡単な解説付きで紹介するのがよいだろう。
(4)引用は、前者は『埼玉県立近代美術館ニュース[ソカロ]』二〇〇六年六月―七月号、後者は『同右』二〇〇六年八月―九月号。

[展覧会およびカタログ・データ]
「マンダラ展――チベット・ネパールの仏たち」
国立民族学博物館(二〇〇三年三月十三日~六月十七日)、名古屋市博物館(二〇〇四年四月十日~七月四日)、埼玉県立近代美術館(二〇〇六年七月八日~九月二十四日)。カタログは国立民族学博物館編輯、財団法人千里文化財団発行、二〇〇三年、総頁数百十一。