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「アジアのキュビズム:境界なき対話」展(87号掲載) 前島 志保

前島 志保
執筆時 : 日本学術振興会特別研究員
雑誌情報 : 『比較文學研究』87号、2006年5月、151~156ページ


「えーっ。これがキュビスム?」
 入り口近くのブラックとピカソの小品が掲げられた小部屋をぬけて進んでいくと、そんなささやき声があちこちから聞こえてくる。確かに、全体的に色彩を抑える傾向のある西洋のキュビスム作品に比べて、東南アジア、南アジアの画家たちのキュビスム作品の明るく透明感のある色使いは新鮮だ。多視点性が用いられていない半透明のグリッド構造によるヴェールを掛けたような画面からは、しっとりと湿った空気感が伝わってくるように感じられる。展示作の隣に添えられた解説によれば、こうした手法を「透明キュビスム」という独特の様式に発展させたのはフィリピンの画家ヴィンセンテ・マナンサラ(Vincente Manansala)だが、面白いことに、韓国の金洙(キム・ス)、中国の林風眠(リン・フォンミェン)らアジアの画家たちの間に広く見られる傾向であるそうだ。
都市の雑踏、路地の物乞い、機械化/工業化、戦争をモチーフにしたアジアのキュビスム作品と対していると、対象を一端突き放して分析・分解し再構成するキュビスムの手法が、戦争・近代化など社会の急激な変化を一歩引いた目線で冷徹に見つめなおす際に有効であるということに、改めて気づかされる。逆に言えば、アジア地域では、それだけ、一度立ち止まって客体化し、乗り越えていかざるをえないような急激な変化が多かったということだろう。この点で、韓国ではあまり根付かなかったというキュビスムの手法が、朝鮮戦争をモチーフにした作品には多用されているのは非常に示唆的だ。
西洋で取り上げられたテーマ以外にも、音楽、自画像、農村も主題となったこと、未来派的要素と混交され具象性が保持された結果、西洋とは違って宗教的/神話的な物語性のある主題もキュビスム的手法で表現されていること、1930年代中国の木刻運動における革命思想とモダニズム芸術運動の融合、バティックの伝統的な柄とキュビスム的な画面構成との創造的な出会い、アジアの近代芸術の展開における国際都市上海と各地の近代美術学校および美術教師たちの果たした役割の重要性とそれらの間の相互的な関係性など、興味深い発見が続く。
1950年代に宗主国から独立して国家を形成したアジア各地で「国民的絵画」の創造が目指された際には、土着の伝統とは切り離された「近代画法」の典型としてキュビスム様式が多く採用されたという事実も、本展で初めて知った。新しく成立した国家シンガポールの中華系の四人の画家がナショナルな「ふるさと」イメージの源泉を求めてバリに旅し描いたと解説された画を見ながら、彼らが「南洋」の先住人たちとその文化をどう見ていたのだろうかと思いを馳せる。この点は、今回、展示されていたチョン・ソーピン(鐘泗賓)の「小川」(1953年)(cat.no.7-08)だけからではよく分からないが、ラワンチャイクン寿子によれば、これら中華系の画家たちの作品を総体として見ると、彼らが「南洋」の人々に好奇の眼を向けつつも、同時に、「同胞」としても見つめていることが認められる、と言う(注1)。
また、明るい色調が印象的なマナンサラの「フアン・ルナの「血の同盟」」(1962年)(cat.no.4-24)は、キュビスム的手法が歴史的記憶の語りなおしに有効に用いられうることを示している。フィリピンの植民地化の発端となったスペインの征服者ミゲル・ロペス・デ・レガスピと土地の首長シカツナとの間の「血の同盟」締結場面をシカツナの視線から描いたフアン・ルナ(Juan Luna)の荘重な原画(1885年)に対して、マナンサラがキュビスム手法で描きなおした作品は平面的で明るく、鑑賞者の視線は画中のどの人物の視線とも重ならない。このため、鑑賞者は、フィリピン史上の一大転換点を華やかで客観的な画として、スペイン(征服者)側ともフィリピン先住人(被征服者)側とも異なる第三者的な立場から見つめることになる。
閉館十分前のアナウンスを聞き、最後に急いで会場中央に位置している小空間に入っていく。絵画が全く飾られていない、美術展としては異色のこの空間は、関連年表と画家たちの活躍地を示す世界地図、画家たちが残した言葉の断片の数々が散りばめられた三方の白壁に囲まれており、そこに立つ者の通時的・共時的な想像力を刺激し、70年に及ぶアジアのキュビスムの流れの中のそれぞれの時点と地域において芸術家たちがキュビスムとどのように関わりあいながら創作活動をしてきたのかを感じ取らせる仕組みになっている。本展で扱われている問題事項の多さ、そして、それを十分に理解し咀嚼するだけの情報(知識)量の少なさと強靭な知力の欠如にめまいを覚えながら帰途につく。
帰宅後カタログを読みながら考えた。「アジアのキュビスム」をどう考えたらよいだろう?
 カタログの諸解説を一読すれば、アジアでキュビスム的作品が製作されていた当時、当の作家たちが西洋の近代画法であるキュビスムの受容と土着化にいかに腐心していたかを垣間見ることができる。このような情況を踏まえてアジアのキュビスム作品の数々を積極的に評価する一つの方法としては、葛藤の過程を詳細かつ具体的に分析して、アジアの画家たちが西洋のキュビスム作品から何を主体的に取り込み、うち捨てて、独自のキュビスム作品を作り上げていったか、そして、それがその地における芸術のその後の展開の中でどのような役割を果たしたのかを考察するというアプローチがある。言語的記号、非言語的記号の双方を含めた<記号>の翻訳の問題としてこれを考えた場合、翻訳における「受け入れ側」(翻訳作品)の価値と意義を積極的に考えるということだ。本展の展示およびカタログの冒頭に掲げられているあいさつ文の「アジアの芸術家がキュビスム的動向をいかに受け入れ、いかにそれに応えてきたかという問題に焦点を当てる」という一節は、「受け入れ側」であるアジアの芸術家たちの自主性を重視する企画者側の宣言と読める。
ただし、この場合、受け入れ側の積極性、自発性を考慮に入れているとは言え、或る芸術潮流の翻訳を「発信する側(A)」から「受け入れ側(B)」への「受容」(A→B)として理解していることになる。つまり、分析・考察されるのは専ら「受け入れ側(B)」、あるいは「発信する側(A)」から「受け入れ側(B)」への変容であって、「発信する側(A)」自体が積極的に問い返されるわけではない。換言すると、分析の眼差しは主に「受け入れ側(B)」に注がれており、「受け入れ側(B)」に対する「発信する側(A)」の「原作」としての価値-「正統性」としての価値-と優位性は、さほど減じていない。
 「翻訳」を「受容」や「伝播」の物語から解放するには、どうしたらよいだろうか? 
ここで参考になるのが、ヴァルター・ベンヤミンの翻訳論である。ベンヤミンは原作と翻訳の地位の差を否定し、翻訳という行為を、ある言語から別の言語への移し変えではなく、不完全な言語をより完全な言語(「純粋言語」)へと補完するような作業として捉えることを主張した(注2)。これを記号間の「翻訳」一般に応用してみるならば、「原作」もその翻訳作品同様、「完全な言語」を目指したヴァリアントということになる。このような翻訳観に立てば、アジアのキュビスムも西洋のキュビスムもともに<キュビスム>という未だ完成されていない表現法の可能性を各々独自のやり方で引き出したものだと考えることができる(注3)。ちょうど、古句の読み直しを通して大須賀乙字が「二句一章」論を唱え評論と実作を行い、ほぼ同時期に、古句の翻訳に接したエズラ・パウンドが「重置法」を唱道しイマジズム運動を展開していったように、アジアの画家たちは、西洋のキュビスム作品に触れることで、独特なグリッドの用い方や新たなモチーフをキュビスム的手法で表現する道を拓いたのだ。
もちろん、そうは言っても、作品の制作当時、多くの芸術家たちがキュビスムおよび近代画法における西洋の優位性、正統性を感じていたことは否定できない。また、実際の分析作業としては、西洋のキュビスム作品とアジア各地のそれとを比較して、両者およびアジア内での差異を考察するということになるだろう。しかし、その際にも、上記のような「翻訳」認識に立てば、その比較は、「西洋のキュビスムからアジアのキュビスムに何が『正しく』移植されたのか」という問題意識に立たないばかりか、「前者から後者に何が『受容』されたのか/されなかったのか」という問題設定をも超えて、「両者の共通点・相違点は何か」という問いの立て方に基づいたものになるだろう。そして、もちろん、その過程では、従来のキュビスム認識そのものも問い直されることになるだろう。世界の近代芸術の展開過程における西洋と非西洋の非対称的な関係性を踏まえた上で、なおかつ、アジアのキュビスムを西洋のキュビスムとともに<キュビスム>の可能性を探究した試みとして捉え考察することは、想像するだけでも非常に魅力的な取り組みである。本展のカタログにも、このようなベンヤミン的な翻訳理解に通じるキュビスム観に立った解説が少なくない(注4)。
しかしながら、こうした翻訳観/キュビスム観が実際に展示を見た観客に伝わっていたかは、やや疑問である。というのも、展示に添えられた解説文は個々の作品あるいは類似テーマを扱った作品群の製作時の簡単な社会背景と鑑賞上留意すべき表現上の特徴に関する手がかりは与えてくれているが、我々はアジアのキュビスム作品をどういうものと考えて接していったらよいのかという根本的な議論は全く提示されていないのだ。それどころか、展示とカタログの図版部分に添えられた解説文は、しばしば、西洋のキュビスムを「時代性、地域性を超越した普遍的な様式」と要約するのに対して、アジアのキュビスムについては「西洋の普遍的キュビスム様式」の「土着化」や「伝統の取り込み」を、その様子を具体的に例示・分析しないままに強調し、結果的に「西洋=普遍」「アジア=土着(特殊)」という二項対立的図式を再生産してしまっているように見受けられた。アジアのキュビスムとアンドレ・ロート、フェルナン・レジェらのサロン・キュビスム、およびドイツとロシアのモダニズム芸術運動との関わりの深さを再三指摘している割には、ピカソとブラックの作品数点に「西洋のキュビスム」を代表させていることも、アジアのキュビスムを、ピカソらの「正統」キュビスムに対する「亜流」として見せてしまっていた。西洋を基準として語られがちな非西洋圏の近代文化を紹介する時は(そしてそのような認識の枠組みに異議申し立てをしたいという意図のもとに企画された催しであるならばなおさら)、そこで紹介される非西洋の近代文化の意義付けを企画者側がより明確に打ち出すべきではないだろうか。
この「アジアのキュビスム」展は、東京国立近代美術館初のアジア近代芸術展である。日本におけるアジアの近代芸術を扱った展覧会は福岡市美術館(現福岡アジア美術館)において一九七九年に始められて以来、近年、各地の美術館でも行われるようになったが、本展では、国際交流基金の他にも韓国国立現代美術館とシンガポール美術館が共同プロジェクトの立案者に加わっているのが、注目される。東京展の後は、ソウルとシンガポールでも順次、同展が開催されるそうである。管見によれば、これまで日本国内で催されてきたアジア近代芸術関係の企画展は国内のみの巡回が多かった(注5)。今回は、アジアの中でも経済力の強い三カ国に限られているとは言え、このような大プロジェクトを共同で企画・合同調査し相互巡回することが実現されたことに、将来のアジア圏内の近代美術展覧会における相互的な関わりあい方の方向性を見る思いがする。近年刊行されたキュビスムに関する包括的な書物『キュビスム』(注6)をみても、キュビスムの国際的展開として取り上げられているのは東欧、ロシア、アメリカのケースだけで、その他の地域におけるキュビスムの展開については言及されていない。恐らく、世界的に見ても、アジアのキュビスム的動向を扱った初の画期的な試みなのではないか。「テーブルの上の実験」「キュビスムと近代」「身体」「キュビスムと国土(ネイション)」の四つの大きなテーマ別に作品を提示するという展示方法も、国境や時代を超えた視点からアジアのキュビスム作品を見てもらいたいという企画者側の意欲に満ちた仕掛けと見てよいだろう。
カタログの方も、展示同様、意欲的かつ冒険的な試みに満ちている。本書は三つのパートに分けられており、Part1には、展示会場では空間的にも仕切られていた上記四つのテーマが四つの章となっており、それぞれの章に大小さまざまな解説文が収められている。続くPart2は、各国の専門家九名が寄せた「キュビスム受容史」、最後のPart3「資料編」では、作家の略歴、用語解説、地域ごとに整理された参考文献、出品リストまでが掲載されているという充実ぶり。論者たちの間でアジアのキュビスムに関する見解がまちまちであったり、文献の選択基準が地域ごとの専門家たちの間で一定していないのが気になるが、それもこの広範囲の地域における美術言説と研究方法の多様性を垣間見るようで、面白い。展示作品の図版は小さいものの、全てカラーで紹介されてある。本書は、今後、このテーマに興味を持つ者にとって、恰好の入門書になるのではないだろうか。
ただし、読みやすい本とは言い難い。例えば、各章冒頭の包括的な解説とそれに対応する図版が非常に離れた箇所に収められているうえに、図版の掲載頁数が必ずしも常に解説文中で示されているわけではないので、図版を参照しながら解説を読んでいくことが困難なのだ。せめて、引用されている図版のカタログナンバーだけでなく掲載頁数も解説文中に書いて欲しかった。また、西洋のキュビスム手法と土着の伝統の融合についてしばしば言及されているが、多くの場合(例外もあるが)、具体的にどのような「伝統(的文様、絵画、物語)」とどのように「融合」しているのかが示されていないのが、もどかしい。たとえば、ジョージ・キート(George Keyt)(スリランカ)らが装飾性に富む様式美を創出するにあたって「対話・融合」したという「地域の美術的伝統」(カタログ37頁)とは、どのようなものだったのだろうか。
本カタログの意欲的な点でもありまた問題点でもある点は、何と言っても、あまりにも多様な解説文がそれぞれの役割と関係性が不明瞭なまま収められているということだろう。各章が「解説」「テーマ」「セクション」「コラム」と分類された論説文群から成るPart1の構造は特に複雑で、読んでいて混乱する。各カテゴリーの役割を明確にして企画・編集し、それぞれがどのような目的で書かれ構成されているのかがカタログ冒頭で整理して示してあれば、多種多様な論説文の多声性を損うことなく、立体的で読みやすく、かつ、参照に適した一冊の書物になるのではないだろうか。
以上、述べてきたように、本展およびカタログには問題点はあれ、それは、裏を返せば、取り組むべき課題が多い肥沃な領域であるということである。現時点では、少なくとも、見る者の従来的なキュビスム観にざらりとした違和感を波立たせただけでも、意義深い企画であったと言えるだろう。本展とカタログが、アジアの近代美術を、西洋の近代美術同様、近代美術のヴァリアントとしてとらえ、西洋との関係だけでなく、アジア内の関係性も踏まえた風通しの良い空間の中で考察していく試みへと開かれた窓の一つであることは間違いない。今後の非西洋圏の近代美術を射程に入れた近代美術全般の見直しの動向に注目していきたい。


1 ラワンチャイクン寿子 「南洋1950-65 ―シンガポール美術への道― 」福岡アジア美術館、ラワンチャイクン寿子編『南洋1950一65 ―シンガポール美術への道―』近代美術シリーズⅡ、福岡アジア美術館 2002年。
2 ヴァルター・ベンヤミン(浅井健二郎訳編) 「翻訳者の使命」 『ベンヤミン・コレクション2』 ちくま学芸文庫 1996年、396-398頁。
3 ちなみに、「近代(性)」についても同じような解釈が可能である。「近代(性)」は、その発祥の地西欧においても従来とは異質で破壊的な新しい現象として経験された。Marshall Berman. All That is Solid Melts into Air: The Experience of Modernity. New Edition with a new preface. NY: Penguin Books, 1988 (original edition published in 1982).
4 例えば、キュビスムを「ヨーロッパ的でも非ヨーロッパ的でもない第三の何か」(72頁)と捉える松本透の「キュビスムにおける身体」。今回の企画を、従来の美術史の言説によって固定化された「キュビスム的なもの」そのものの問い直す試み(20頁)と見る林道郎の「オン・ザ・テーブル」。キュビスム定義の曖昧さを指摘しつつ、まさにベンヤミンの翻訳論を援用しながら、アジアにおけるキュビスムを「「類似性とは別のかたち」で生産的な変容を遂げたキュビスム」(15頁)と評価する建畠哲の「アジアのキュビスム」。
5 福岡の第二回、第三回のアジア美術展の韓国巡回は数少ない例外である(「関連文献」参照)。
6 ニール・コックス(田中正之訳) 『キュビズム』(岩波世界の美術) 岩波書店 2003年 (原本:Cox, Neil. Cubism. London: Phaidon, 2000.)

<関連文献>(注で引用した文献を除く) 
・後小路雅弘 監修 『モンゴル近代絵画展』 産経新聞社 2002年
・岸清香 「美術館が「アジア」と出会うとき-福岡アジア美術館の設立と展開-」 平野健一郎監修 『戦後日本の国際文化交流』所収 勁草書房 2005年
・静岡県立美術館 編 『東アジア/絵画の近代-油絵の誕生とその展開』 静岡県立美術館 1999年

[展覧会およびカタログ・データ]
「アジアのキュビスム ― 境界なき対話」展
東京国立近代美術館(2005年8月9日~10月2日)、徳壽宮美術館(韓国国立現代美術館文館、11月11日~2006年1月30日)、シンガポール美術館(2月18日~4月9日)。企画・運営は東京国立近代美術館・韓国国立現代美術館・シンガポール美術館・国際交流基金。カタログは、東京国立近代美術館(三輪健仁、鈴木勝雄、松本透)・国際交流基金(古市保子)編輯、東京国立近代美術館・国際交流基金発行、 2005年、総頁数212。